「おい。」
目を擦る腕を強く掴まれる。
「な、なんだよ…」
「それ、目と肌が傷つくから、やめろよ」
「…なに、それ…………」
二郎の口から出た言葉を僕はしばらく頭の中で反芻していた。
「三郎?」
「……お、おま、え、お前、二郎だよな?
なんで、二郎がそんなこと…」
「はぁ?俺だってそのぐらい言うよ。」
「言ってないだろ、いつも。
…こんな小さいことで肌が傷つくとかいうくせに、なんでいつもぼくに掴みかかってこようとするんだよ。
そっちの方がよっぽど危ないだろ」
「…たしかにそうだけどよ…なんか、違うんだよな」
「なにが……」
「いつもは、なんていうか体が勝手に動いて三郎に掴みかかってるから、その三郎が傷つくとかあんまり考えてなくてよ…。
でも今は冷静?だからさ、あのー、なんていったらいいんだ………あぁ、めんどくせえな。
つまり三郎が大切なんだよ」
「…!」
「お前の…その…綺麗な肌、がそんなことで傷ついてたらもったいない…だろ」
「…お、お前、なに言ってるんだよ!」
僕は俯くと手で顔を隠した。
綺麗な肌だとか。
もったいないだとか。
そんなことを言われたせいで顔と耳が熱い。
チームを組んでから僕にもファンというものがつくようになり、その人たちからかわいいだとかかっこいいだとか言われるようになった。
だがこんなふうに赤面したり取り乱したりしたことはない。
「どした?」
「どうしたもなにも…二郎が悪いんだからな!」
「俺なんかしたかよ」
「したよ!」
僕が思わず顔を上げて叫ぶと、僕の顔を見て二郎が笑った。
「さぶろぉ、何でそんな顔赤いんだよ。あはははは、かわいいなぁ」
「はぁ?かわいいとか馬鹿にすんな!」
「馬鹿にしてねぇよ。弟なんだからかわいいのは当然だろ」
「でも今のは僕のことを嘲笑しているとしか思えなかったんだけど!」
「ちょう…、しょう…?よくわかんねえけど、さっきからなんでずっと怒ってんだよ…一旦落ち着け。
な?」
二郎がニカッという効果音がつきそうな笑顔を浮かべる。
その顔をみるとやはり心の底がふわっと浮くように落ち着いてくる。
「お、怒ってないって…」
僕がそういうと
「ほんとかよ。俺が今日弥生を連れてきたのを見て、嫉妬したからじゃないのかぁ?」
「は、はぁ!?それは絶対にない!」
「なに照れてんだよ三郎。
あ、あと、もし悩み事があったら今日俺が言ったみたいにさ、にいちゃんに相談しろよ?
………俺のことは嫌ってるもんな…」
呟くように二郎がそう言ったのを僕は聞き逃さなかった。
別に僕は、二郎のことを、嫌いだとは思ってない。
ただ…ばかだなぁ、とは思うが。
「二郎」
「ん?」
「僕は……」
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!