第5話

わたしの志望動機‐中編‐
142
2018/11/27 13:55



マコは、屋上に行こうと
非常階段の扉に手をかけた。
マコ
いや、待って
(もしかしたら、まだ大事な話をしているかも…)
マコ
落ち着いて。…よし


たった今走ってきた廊下を逆戻りして、
再び父の部屋の前にやってきた。





中から談笑する声が漏れている。

マコは、さっきと同じように扉にそっと耳をあてた。

???
あぁ、そう言えば。
山本財閥の山本会長と一悶着あったと小耳に挟みましたが…
そうそう。よく知ってるな、どこから漏れるのやら
マコを山本家に返して欲しいと言ってきてな…
???
お嬢さんは養子か何かですか?
いや、私の妻があの財閥の前会長の娘なんだよ。
それで、今の会長がマコをうちで働かせたいと言ってきた。
山本家の子だから、と。
???
ほう…それで私にもう1つ頼みがある、ということでしょうか
さすが話が早いな。
お前に、この子の"物語"を変えてもらいたい。
???
涼香、と書かれたこの女の子ですか?
そうだ。
殺さない程度に、あの一族を苦しめて欲しい。
???
そうですねぇ…誘拐なんていかがでしょう
ああ、ちょうどいい。
それで出来るだけ早く頼む。
???
このノートによると、今日明日と山本家はキャンプに出かけているようですから、明日の早朝に"物語"を組み込みます。

ただし、この子に"Bad End"と書くと情報を知った"End"の社員が間違いなく"Happy End"に書き換えます。

なので、出来るだけ見つかりにくい場所に連れていかせましょう。
ああ、それは任せるが…
???
あのキャンプ場から5キロほど山道を登ってくと、小高い山のてっぺんに壁がクリーム色の教会があります。
そこにしましょう。

あこなら普段の人通りも少ないようですし、見つかるまでの時間も稼げます。
じゃあそれでよろしく。
???
では今回は…3万円いただきます。
誘拐される間の、本来家族と楽しんだはずの時間を奪うので。
子供の時間は高くつくな…
ほれ、持ってけ
???
では、明日の朝ニュースを楽しみにしていてください




足音がこちらに向かってくる。
マコ
あ、やばい
マコは急いで近くの書斎に入った。
扉が閉まり、足音は真っ直ぐ書斎の前を通り過ぎた。

ほっと胸をなで下ろし、
ゆっくり部屋を出て自分の部屋に戻った。








ベットに寝転がって、天井を見ながらマコは考えていた。


さっきの話は本当に起こるのだろうか。

お金を払えば他人の未来を変えることが
出来るのだろうか。

マコ
あーどうやってお父さんを説得するか考えないといけないんだったー

まずは大学の楽しさを伝えて……

わたしが専攻している分野を説明して……

友達もたくさん出来たと伝えて……

それから……


メイド
お嬢様?もうお戻りになりました?
この時間に電気がついているのに、
中からは返事は無い。

メイドはそっと扉を開けて中を覗いた。
メイド
お嬢様…ふふっ、まだ可愛らしいですね
マコはベットでぬいぐるみを抱き締めながら眠っていた。

時折なにか寝言を言っているようだ。


メイドはマコに毛布を掛けて、ゆっくり部屋の外に向かう。


電気を消し、静かに扉を閉めた。









『…ま、あさ…』
マコ
んん…
メイド
お嬢様!朝ですよ!
『おじょ……ですよ…』
マコ
ん、なに…
マコ
あさ……え?
目を開けると、部屋が明るい。

朝になっている。
マコ
あれ、わたし…
メイド
昨晩遅く、お嬢様の部屋が明るかったので外から呼びかけてみたのですが、お返事がなく。

確認のため中に入りましたら、お嬢様がベットで大の字でぬいぐるみを抱き締めながら眠っておりましたよ。
マコ
昨日ゴロゴロしながら考え事をしていたの。

それでそのまま寝ちゃったんだ…
メイド
そのようですね。
何やら寝言も喋っていましたよ
メイドは会話しながらもテキパキと朝食の準備を終わらせ、部屋から出ていった。


マコは何気なくテレビを付けた。

どの局のニュース番組も、何やら慌ただしい。
ニュースキャスター
今朝早く、キャンプ地として有名な○○高原で、4歳の女の子が誘拐される事件が発生しました。
マコ
今なんて?!
ニュースキャスター
誘拐されたのはヤマモトリョウカちゃん4歳で、こちらの写真は前日バーベキューをした際の写真だそうです。

警察は情報提供を呼びかけています。
マコ
ヤマモトリョウカって……嘘でしょ
昨日父の部屋で聞いた話と、
まさに全く同じことが起こっている。

マコは昨日の話を思い出していた。
マコ
もし昨日と同じ話なら……
5キロほど山道を登ったところの…ああ、なんだっけ!!
ニュースキャスター
警察は情報提供を求めています。
何かご存知の方は、こちらの番号まで連絡してください。
画面に出された警察署の電話番号をさっとメモし、
携帯を開いた。




警察
はい、こちら◇◇署。
マコ
あの、今テレビでやってる女の子の誘拐の件なんですが
警察
何か情報をお持ちですか?
マコ
あの、えっと……犯人が逃げるところを見ました
警察
本当ですか!
どの辺ですか?
マコ
キャンプ場から5キロほど山道を登ったところにある…
警察
はい!
マコ
あの……
警察
……なんですか?もしかして、嘘ですか?
マコ
いや、違うんです。けど……えっと……
警察
もう切りますよ?
相手が半分呆れているのが声色だけでも伝わってくる。

マコも、『思い出せないんじゃ意味ないよね…』と諦めかけていた。


が、その時。
マコの記憶が急にぱっと鮮明になった。
マコ
あー!思い出した!
クリーム色の教会です!
そこに入っていくのを麓から見ました
警察
教会か…情報提供ありがとうございます!







マコ
これでよし。
わたしに出来ることはやった。
通話を終えると、
マコは朝食を口の中に詰め込んで、ベットの下からリュックを出した。



その中に必要なものをポンポン詰め、
部屋を出た。
マコ
またね



昨日の夜、寝落ち前にマコが出した答えは、
『この家から逃げること』だった。


物語からも、この家からも逃げることをマコは選んだ。

(後編に続く)

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