第5話

いじめを受ける少年 〜4〜
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2018/09/24 12:38
耳が不自由でも話せるから大丈夫。


そんな考えを持っていたのは僕が都会から
離れた学校に通っていたからだった。


午前授業の休み時間…
平坂 メグミ
「ねぇ、藤堂君!」
藤堂 ユウ
ん?
平坂 メグミ
「今日の放課後、時間ある?」
藤堂 ユウ
大丈夫だけど?
平坂 メグミ
「一緒に新しく発売されたCD
見に行かない!?」
笑顔でスマホの画面を見せる平坂さん。
画面には今日発売されたばかりのCDの写真
が表示されている。
僕は聞けないけど…行こっかな。
藤堂 ユウ
いいよ!行こ。
平坂 メグミ
「やった!じゃあ、あとで!」
そう言って、平坂さんは席に戻った。
そのうち、楽譜が出るだろう。楽譜さえ発売
されたらどんな曲かは想像がつく。
放課後、平坂さんと一緒に電車に乗ると、
都会に向かった。
平坂 メグミ
「楽しみだね!」
藤堂 ユウ
うん。
電車の中でイヤホンをしていると、曲の歌詞
が僕の視界を埋めつくしていく。
ちょっ…これは前が見えない……。
仕方なく、僕はイヤホンをしまった。
電車を降り、発売されたCDを販売している
店へ。


平坂さんは見つけると、即購入。
店員さんから受け取る時は本当に嬉しそうな
顔をしていた。
そして、帰ろうとした時…
藤堂 ユウ
うわっ…
お店を出ると、普通の授業が終わった学生達
が沢山いる。


それぞれが会話しているので僕の視界は文字
で埋め尽くされていた。
世界は静かだ。だけど、視界はうるさい。
平坂 メグミ
「ん、大丈夫?」
藤堂 ユウ
大、丈夫だよ……
平坂さんが心配そうに僕の顔を覗く。
平坂 メグミ
「人混み苦手だった?」
藤堂 ユウ
あはは、まぁ、うん…
曖昧な返事をして、僕達は歩き出す。
周囲の音が多過ぎて、前がほぼ見えない。
藤堂 ユウ
……。
僕に平和は訪れたけど、耳が見えないのは
不自由だなぁ……。
都会に来て、初めて僕はそう思った。
「ねぇ、この後どこに行く〜?」
「今日の夕飯は何にしようかしら…」
「聞いてよー!ウチの彼氏がさー…」
「おっ、レベルが上がった!」
「何だそれ、めっちゃウケる!」
「はい、明日の10時ですね。了解です。」
「藤堂君!危ない!!」
藤堂 ユウ
え?
文字で埋め尽くされる視界の中、僕に対して
「危ない」と警告をする文があった。
少し文字が消え、間から見えたのは赤信号。
慌てて戻ろうとした時、声を上げることも
なく、僕はトラックに轢かれていた…
遠のいていく意識。
うっすらと見えるのは口元を押さえて、座り込んでいる平坂さん。
「とうど、う君…?」
そして、僕の意識はなくなった…









あ、れ…?ここは……
寝起きでぼんやりとしている意識。
目の前は真っ暗で何も見えない。
音も聞こえない。
ベッドに転がっているような感覚だ。
そして、全身が物凄く痛い。
藤堂 ユウ
……。
すると、少し体が揺れる。
顔に何か液体が落ちてきたのが分かった。
藤堂 ユウ
誰かいるの…?
そう呟くと、誰かが僕の手に触れた。


掌に指先で文字を書いているようだ。


「メグミだよ」
藤堂 ユウ
平坂さん…?
「うん」
藤堂 ユウ
僕、どうなったの…?
聞かなくても分かっていた。
なのに、そのことを認めたくなかった。
現実に背を向けたかった。
平坂さんが少し震えた手で再び僕の手に指で
文字を書いていく。
「もう目は見えないって」
藤堂 ユウ
そっか…
「助けられなくてごめんね」
僕の手に液体が落ちる。
平坂さん、泣いているの?
こんないじめられっ子の僕のために?
そう思うと、見えなくなった僕の目から涙が
溢れてきた。
藤堂 ユウ
平坂さん、僕と遊んでくれて
ありがとうね…
ボソッと呟く。
天使さん…僕は闇の中に閉じ込められたよ。
好きな曲も聞くことが出来ないし、これから
成長する妹の顔を見ることも出来ない。
けど、これで良いような気がするんだ。
いじめ続けられた時よりも、耳が見えなくて
目が見えないこの時だからこそ大切なことを
考えられたんだと思う。
いじめられていた時の僕はいつも暗くて、
人の言いなりだった。だけど、天使さん達に
会ってからは初めて友達が出来て、楽しい
時間を過ごせた。
神に見捨てられた僕だけど…天使さんには
見捨てられなかったね。
僕は短い間だったけど、幸せだったなぁ…
そんなことを考えながら微笑む。
そして、僕は何も見えない、聞こえない永遠
の闇の中で生きることになった……。

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