ゴボッという音と共に口から血が溢れ出す。
もう左手は使い物にならない。
弓も引くことが出来ない。
3日という長い激闘の末、僕は村の人達に深手を負わせてノエルの元へと走っていた。
予定より1日遅れた…大丈夫かな…?
ノエルのことだからきっとあそこには無事に辿り着いているはず…
段々と大きくなっていく木に向かって痛む足を動かして走り続ける。
会えたらあとは2人で遠くまで行くだけ。
きっと良い未来が待っている。
あとはここを登って曲がれば木の下に着く。
出血が続いたせいで血が足りなくなってもう一歩一歩が凄く重たい。
それでもその重い一歩を踏み出して木に向かう。
そして、その曲がり角を曲がった時…
僕は自分の目を疑った。
確かにノエルはちゃんと着いていた。
ちゃんと木の下で座っている。だけど…
─────── お腹には矢が刺さっていて白いワンピースの一部は真っ赤に染まっていた。
叫ぶと同時にまた吐血。
今回の量は今までにないくらいの大量吐血で僕は意思に反してその場に崩れ落ちる。
右腕を前に出して少しずつ進むもノエルの横まで行けるかどうかしか体力…いや、命はない。
少しずつでも休むことなく進み続ける。
でも、いつの間にか僕の意識は消えていっていた…
あぁ、神様…何で僕とノエルを離れ離れにしたの……
ただ離れ離れになりたくなかっただけ…
僕がここに来るまでの間に何が起きたの…?
どうして、一緒になれないの…?
ノエルと明日を、来週を、来月を、来年を一緒に…
ただそれだけの願い…
こんな小さな願いさえ叶えてくれないなんて…
………………神様は僕を見捨てた……。
依然、体は痛くて傷口が痛いのに全体的に寒い。
それでも、起きなきゃいけない気がしてゆっくりと瞼を開けると純白の翼が目に入った。
その翼を辿っていくと今度は浮かび金に光る輪。
浮かぶ輪の下には赫い瞳のノエルが困惑の表情を浮かべて、心配そうに僕のことを見ていた。
翼と輪、このノエルは幻覚…?
いや、ノエルは天使なんだからあって当然だよね……
僕が起きたことでノエルの表情は明るく。
少し首を動かすと座るノエルの周りに沢山の"黒い"彼岸花が咲いていることに気がついた。
風でユラユラと揺れて、何かを誘っている。
ノエルが僕の手を取りそう笑う。
天使の笑顔は綺麗でその笑顔がずっと続いて欲しいってこの瞬間僕は強く思った。
ノエルの為にもう僅かしかない命を捧げれるのなら。
後悔なんて一つもない。
意味が分かっていないのかノエルは笑顔でそう言う。
まだまだ他の言葉も教えてあげたかったなぁ…
ふと強烈な眠さに襲われる。
抗おうにも抗えないこの眠さはきっとノエルが僕の願いを叶えてくれた為だろう。
ここまで頑張ってきて良かった。
火事になった森で全力で脱出した甲斐があった。
だって…天使に見守られながら死ねるんだから。
ありがとう、ノエル…
ずっと…いつまでもノエルのこと、愛してるよ…。
そうして僕はノエルが見守る中、二度と目覚めることの無い深い眠りについたのだった……
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!