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第1話

猫を拾うまで
あれからどれくらいの時がたっただろうか。大した時間は経ってない。それでも長く感じるのは僕の心が晴れないからだろうか。たった一人にかけられた言葉で今までの僕の努力、情熱そして今から生きていく気力全てが無に帰った。
「余命は長くてもあと3ヶ月です」
医者の言葉だった。理解ができなかった。たしかに昔から体を壊すことは少ないことではなかった。でもなぜ、僕が。それからの毎日は苦しかった。朝起きてまだ生きていると自覚し、まるで死ぬためだけに生きている気がした。このまま目を覚まさなかったらどうしようと悩み、眠れない日だってあった。

そんな僕にも彼女がいた。

彼女は今僕が所属している大学で出会った。出会って2年、付き合い始めて1年には少し満たない程度だった。もう僕は大学には行っていない。全ての情熱がなくなったというのに未来の自分のことを考え勉学に励むなんて狂っている。僕は体以外が至って正常だった。僕が冷めた毎日を繰り返す中、彼女からデートの誘いのようなものがあった。僕は1つのことに気がついた。彼女は責任を感じやすい性格だ。そんなものは1年近く付き合っていれば嫌でもわかる。その彼女が僕の死が近いことを知れば何か責任を感じてしまうかも知れない。僕はもうすぐ意味もなく死ぬんだ。ならばいっそ彼女と僕の間には何もない方がいいに決まっている。こんなことに気がついた。だが最後にもう一度だけ彼女に会えるのならそれだけで僕は幸せだ。そのあと彼女に別れを告げよう。そう決めた。

神はそこまで残酷ではないのかも知れない。彼女とのデートは実現した。
「今日は午後から雨です」
やはり神は残酷かも知れない。
だがそれ以上に嬉しかったのか僕は予定の時間よりも早く集合場所に着いた。だが彼女は集合時間には現れなかった。3、40分ほど遅れて彼女はやってきた。少し心の中に黒いものが芽生えた。
「ごめん、おばあちゃんが……」
息を切らしながらも笑顔の彼女は俺に訳を話そうとするがその前に
「大丈夫」
僕は彼女の話を遮って喋った。
「怒ってるよね、ごめ…」
彼女の話を聞く気になれない。
「大丈夫だって」
強い口調になる。
「珍しいね、いつもそんなに感情が表に出てこないのに」
少し驚いた顔をしたあと彼女ははにかんだ。心の中の黒いものが動き始めた。
気がついてしまった。彼女と僕の時間の価値観が違ってしまったことに。
「うるせぇよ」
行ったそばから空気に溶けるような声が出た。
「え?」
相変わらずの笑顔でこちらを見てくる。
「うるせぇって言ったんだ」
今度はしっかりと相手に届いてしまった。
「急にどうしたの?」
否めるように彼女は声をかけてくる。しかし黒いものが暴れ狂う。
「お前はいつもヘラヘラして幸せそうでいいよな」
俺の言葉を聞いた瞬間、彼女が苦笑いに変わったのがわかった。
「俺とは違う」
大きな声が出た。彼女は固まっている。
黒いものは動くのをやめない。
「そんなとこが嫌になった」
こんなこと本当は思っていない。けどこれは全部黒いもののせいだ。
「二度と会わない」
俺は最後にそう吐き捨て、彼女の方へ一瞥もくれずにその場を後にした。

随分と歩いた。周りの景色が見慣れないものになるくらいには歩いた。
ピチャ。
額に何か当たった。
「雨か」
手元にある2本の傘のうち1本を開こうとする。もう1本は彼女のために持ってきたものだ。なぜ、僕はあんなことを彼女に言ってしまったのだろう。別れる気があったもののそれは彼女が悪いからではない。僕が悪いからだ。このどうしようもない理不尽から少しでも楽になろうとして彼女に当たってしまった。最低だ。ただでさえ惨めな気持ちに拍車がかかる。後悔が押し寄せるのと同時に雨が強くなる。もう髪がびちょびちょだ。靴に水が染みてきた。それでも傘を開く気にはなれない。どうせ死ぬのだ。どれだけ雨に濡れようがもうどうにでもなれ。そんな風に考えた。このまま雨と同化して消えてしまいたいと思った。その矢先。
「ニャー」
茂みの中から何かが聞こえた。
「ニャー」
雨の音でないことは確かだ。僕はそっとその近くに寄る。膝を地面につけると冷たかった。しかし、そんなことは気にならない。
「ニャー」
猫だ。真っ黒の猫だ。ダンボールの中に入っている。
「捨て猫か」
状況を確認する。そしてすぐ僕は開きかけていた傘を開き、ダンボールの上に被せた。
「ニャー」
ありがとうとでも行ってくれているのだろうか。いや捨てられたのだからそんなことするくらいなら拾えとでも言ってるかもしれない。こんなことを考えても仕方ない。僕はそっとその場を立ち上がり、おぼつかない足取りで帰路につこうとした。すると猫がダンボールの中から飛び出し、僕の胸の中へ飛び込んできた。
「うぉ」
変な声が出た。なんとか猫を落とすことだけはしなかったが、僕はもう一度猫をダンボールの中に戻す。
「ごめん、俺には何もできないよ」
そして僕は彼女に一瞥もくれずに別れた時と同じようにもう猫に一瞥もくれるつもりはなかった。しかし
「ニャー」
猫が付いてくる。
「付いてくるな」
やはり猫に日本語は通じないのか猫は僕の後をそっと付いてくる。
「だから付いてくるなって」
猫は青い目をこちらに向け僕の後をついてくる。
「付いてくるなって!」
大きな声が出た。
「ニャー」
悲しげな声に聞こえた。
いつ死ぬかわからない僕がこの猫を飼ったとしてこの猫は幸せなんだろうか。
「違う」
この猫はここで僕が拾わなければいつ死ぬかわからない。僕と同じじゃないか。僕は僕の手で僕のようなものを作る気だったのだ。
僕はその気持ちを拭い去るように猫を拾った。