「花束を、贈りたいんです。」
「花束…ですか?」
金曜日の午後5時過ぎ、華金だと言わんばかりに人々が意気揚々と駅へ消えていく。
そんな浮ついたはずの空気が一瞬で消え、緊張に包まれた。
どこにでもあるような駅前の小さな花屋、そこがあなたの職場であり、目の前の男性の行きつけの花屋でもある。
彼は花、というよりも植物が好きなのだろう。
毎週金曜日の夜になると、ふらっと現れては店内をぐるりと周って何か一つ買って帰るのだ。
目的があって買いに来ているという雰囲気はなくて、ただふらっと暇潰しかのように来店しては軽く談笑し買い物をして帰る。
あなたはそんな彼が正直少し気になっていた。
ーー私に会いに来てくれてる…?
自惚れにもそう思っている節があったが故に
ことさら、驚いたのだ。
「えぇ、花束は買ったことがなくて…どんなものを選んだらいいのか迷ってしまって…」
ショーケースの前でクシャッと笑う姿に、胸が高鳴った。
誰に贈るのかーーー?
予算はーーー?
聞かねばならないはずなのに、不安とも期待ともとれない動揺が声を抑えてしまう。
ふと、目があった。
「今日、彼女の誕生日なんです。
…だから華やかだけど、可愛らしい花束が欲しくて。」
「たん、じょうび、、、ですか。」
何色がお好きなんですか?
これを使うとボリュームが出ますよ。
この花が、おすすめです。
それは痛みが早いので避けた方が。
いつも通りの笑顔とテンションで、すんなりと花束が出来上がっていく。
不思議と悲しくも悔しくもなかった。
ただ強いて言えば、何を自惚れていたんだと後ろめたさだけが心に響いてあなたは自嘲気味に微笑んだ。
“彼女”が好きだという、ピンク色の花とリボン。
ーーーこれを結んで、できあがり。
「ありがとうございましたー!」
あなたは、嬉しそうに花束を抱えて帰っていく彼を見えなくなるまで見送った。
涙もため息も何もない。
少しの恥と、わずかな虚無感…失恋したとは思えぬ感情に戸惑う。
それはきっと多分、眩しいくらい嬉しそうな彼の笑顔が見れたからかもしれない。
アルストロメリアの花束を、あなたに。
あなたが喜んでくれるなら、失恋が失恋ではなくなるの。
アルストロメリア ー 献身
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!