第6話

口を開いて息を吸う。
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2018/04/02 08:13
1週間後の日曜日。

僕はまた、あの日と同じ中庭で、
悠香と散歩をしていた。
おばさんによれば、
家族や身の回りのことは何となく思い出してきたものの、いまだ記憶は完全には戻っていないという。

それに、とおばさんは続けた。
「侑哉くんのことも、
思い出せないみたいなの––––––」
うららかな春の午後、
のんびりと歩きながら僕は考えた。
あのとき僕は、何と返しただろうか。

そうですか。
そんなふうに済ましたかもしれない。
いや、言葉を発していたかすら謎だ。
おばさんはきっと、僕がショックを受けていると捉えたに違いない。
違うのだ。でも、違わないかもしれない。
悠香が、あんなに近くにいた悠香が
僕のことを思い出さないのは確かに寂しい。
それは事実だ。

しかし同時に、どこかでほっとしている自分も感じるのだ。
思い出せば必ず、悠香は僕の隣にくる。

守れないのに。

記憶がないままなら、
忘れたままなら、
………知らなければ、僕は君の“友達”だ。
それ以上でも、それ以下でもなく。
「っ、と….」
段差につまづきそうになった悠香に、
自然と手を差し伸べる。
『大丈夫?』
「ん、だいじょぶー」
手を握られて、何だかとっても切なくなる。
病室で話したあの日、
君にとって僕に初めて会ったあの日以来、
君は僕に、僕との関係について訊かない。
話すのはいつも、些細な話。
とりとめのない話だ。
昔からいつも、君はそうだった。

よく話し、よく動き、よく笑うのに、訊かれたくないことだけは決まって問わない。

いつだったか、
そのことをたずねたことがあった。
“わかんないやぁ”

君はそう答えたっけ。

“わたしは訊きたいことを
訊いてるだけだからなぁ”

あのとき君は、笑っていた。
その言葉が本心からのものだったかは、
今となってはわからない。

訊く理由も、問う術も失ったから。
今なら言える気がした。
震える息を吐き出す。
君の目をまっすぐに見て、
口を開き、息を吸う。


今なら、言える。

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