結論から言えば、
彼女の記憶は戻っていない。
そんなもんだ。
僕がトラックからとっさに君を守れなかったのと同じように、
現実っていうのは、映画のシナリオみたいに都合よくできてるわけじゃない。
だから悠香は、いまだに僕が自分の彼氏であったことを知らないわけで––––––。
『っ、と…』
「ふふ、大丈夫?」
差し伸べられた手を握って、僕は言った。
『ん、ありがと』
あの日、“弱い僕”を君に伝えたあと、
決めたことがある。
ひとつめは、記憶が戻らない限り、僕が彼女の彼氏であったことは伝えないこと。
そして、ふたつめは。
––––––ふたつめは、彼女を愛し続けること。
彼女のすべてが好きだ。
優しさも、明るさも、強さも、
声も、言葉も、笑顔も、無邪気さも、
彼女自身のことが大好きだ。
記憶があっても、なくても。
それだけは変わらなかった。
だから、僕は強くなりたい。
君を守れるようになって、
もっともっと男らしくなって。
それで、君の隣にいられる。
そう思った日に、言おうと思う。
“好きです”
あの日、中2の春。
そのときと同じ言葉で、
君に変わらない思いを伝える。
何年経っても、
何十年経っても、
千年の時を経ても変わらない気持ちを。
「どしたのー?早く行こう」
前から呼びかける声がして、
僕は少しだけ歩幅を広くする。
君がたとえ、過去の僕を永遠に思い出さなかったとしても。
そのときは、新しい思い出を君と作ろう。
君と行った場所、行きたかった場所。
交わした会話、そのときの笑顔。
何度でも君と分かち合う。
1年前、君と出会ったあの日と、
2年前、君に伝えたあの日と。
頭上に広がっていたのは、
あの日と同じ、空だ。
僕は何度でも君に恋する。
何度でも、君のことを愛するから。
春の風が、僕の背中をそっと押した。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。