「彼女に、会いにいってもいいですよ」
何度か、悠香の主治医から言われた言葉だ。
でも、勇気が出なかった。
「もしかしたら、何かを思い出すきっかけになるかもしれません」
たしかにそうかもしれない。
でも、悠香は思い出していいんだろうか。
僕のことは忘れたままでいるほうが、
悠香にとっては幸せなんじゃないだろうか。
本当のことを知ったら、
きっと彼女は僕に気を遣う。
思い出さないままでも、
僕のことを彼氏として扱うに違いない。
僕にはもう、悠香を守る自信がない。
だから、あんなことがなければ、僕が彼女の病室を訪れるようなことは、なかったはずなのだ。
「あっ、侑哉くんじゃないのー!」
後ろから、はしゃいだ声がした。
『悠香の、お母さん…』
何度か会ったことがあるからわかる。
明るくて面白くて、悠香にそっくりのおばさんだ。
だめ、だ…。
どうしても悠香のことを思い出してしまう。
忘れようとしているのに。
「これから、悠香に会おうと思って」
そんな僕をおかまいなしに、おばさんは話を進めていった。
「侑哉くんも一緒にきなさいよ、
わたしがちゃんと紹介するからね」
『え、でもまだ記憶が戻ってないんじゃ…』
だから会うのよ、思い出すかもしれないでしょ!
力強く叫んだおばさんに半分引きずられながら、僕は病室に向かった。
おばさんは強い。
辛いはずなのに、僕にも気を遣って、
明るくしてくれている。
悠香に、そっくりだ––––––。
病室に着くと、おばさんは言った。
「ほら、悠香、侑哉くんよ」
まずい。
このままだと、彼氏だということをバラされる可能性が大いにある。
『あのっ、ちょっとだけ、悠香とふたりで話していいですか?』
「ぜんっぜんいいわよ!」
あいかわらずノリのいいおばさんだ。
知らない男とふたりっきりにされる悠香には申し訳ないが、これは悠香の、
ため、なのか………––––––?
僕のため?
思わずうつむいた僕は、
悠香の視線に気づいた。
言えない。
これは僕の自己満足なんだ、なんて。
見せられない。
大切な君を守れなかった弱い僕を。
伝えられない。
今でも君が好きだったこと。
そんなことをしたら、
もっと忘れられなくなるから。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。