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第1話

それだけのこと。
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2018/03/21 10:51
「ただ、彼女には………––––––」

何も聞こえない。
––––––いや、聞こえていたのだ。
頭が理解するのを途中で拒んだ。
それだけのこと。



トサッ。



足元に花束が落ちて、
その音だけが鼓膜を震わせた。


それだけの、こと。


不意に、耳の奥によみがえった。

響いた悲鳴。
急ブレーキの音。
サイレン。
誰かの声。
喧騒。風の音。視線。
そしてまた、何も聞こえなくなった。
僕は、僕は––––––。

大切な人を、また守れなかった。




ただ、それだけのこと。



2日前。

デートの帰りだった。
僕らは横断歩道の手前で立ち止まっていた。
そこに突っ込んできた軽トラ。

僕の目の前で、彼女––––悠香は轢かれた。
動けなかった。
声すら出なかった。

息をすることすら忘れて、
微動だにしなかった。
大切な人が危機に瀕したその前で、
僕は何もできなかった。



それだけ。
だからこれは、弱い僕に課せられた罰。


「彼女には、ここ数年の記憶がありません」

麻酔から覚めた悠香にお見舞いに行こうとした僕を、君の主治医は呼び止めた。
絶望を、僕に運んでくるために。
それだけのこと。


君は僕を覚えていない。
君は僕のことを忘れた。

君は、僕を知らない。
大切な人を守れなかった、僕のことを。

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