喫煙所へダッシュしたけど、一番乗りは出来なかった。
やっぱり裏道さんが先にいた。
また負けた。
連戦連敗。
けど…走った先に、裏道さんがいると
どこか嬉しくて安心してる私がいるの。
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喫煙所
ガラッと扉を開けたら、目の前で裏道さんはぼけっと立ったまま、煙草を咥えたまま火をつけていない。
というか、いつもより目が遥か彼方を見ている気がする。
目が完全に危ない人になってますよー。
めちゃくちゃ声小さいですよ裏道さん!
か細いとかそういうレベルじゃなくて、こう、渇れてるよ!?
ていうか何て言った!?
あー…なるほど。
喫煙者(特に紙煙草)にたまにある、喫煙所で突然訪れるピンチ。
それは、ライターやZI○POの火か今日に限って付かなくなるor切れる。
何度付けようとしても火花しか飛ばない。
最後は最早、親指が痛い。
しかし、同じ喫煙所に煙草を吸ってる人がいたら
『すみません、火貸してもらえますか?』
とお願いすれば、大抵の人はライターやZI○POを貸してくれる。
そしてお礼を言い、たまにそこから会話が弾む時もある。
話が弾まなくともどちらかが先に喫煙所出る時、お礼も兼ねて互いに会釈することもある。
そして喫煙所を出た自分は近くのコンビニなどで安いライターを購入すればその後は解決する問題である。
だが……。
喫煙所に誰もいないor電子タバコの人しかいない時はぶっちゃけ詰んだも同然。
潔く諦めてライターをコンビニまで買いに行ければ良いが、そういう時に限って近くにコンビニや商店が無い場所だったりして絶望する。
今私と裏道さんがいる喫煙所は、MHK局内の喫煙所。
飲み物の自販機が廊下にあっても、ライターまでは売ってない。
そしてこの階に売店はない。
というか局内の売店、この時間はもう閉まってるし。
つまりこのビルの中に火をつける道具を売っている場所は無い=己で買って解決という事は、局の外のコンビニまで行かない限りは無い。
完全に裏道さんは詰んでいる状況だったのだ。
そこに、喫煙者の私が来る=ライターを持ってる=借りれば自分も煙草が吸えるというシナリオに切り替わった訳で。
ただ疲れもあってなのか、出来事と感情と表情がバラバラみたいで…。
遥か彼方を見ている目になっていたという訳だった。
私もたまにあるから、裏道さんの虚無ってる感じはわかる。
ため息も出るし、ホントに嫌ですよね。
何か取り憑かれた人みたいになってますよ裏道さん…。
めっちゃ怖い。
真顔なのがホントに怖い。
リュックから煙草とライターを入れているポーチを出して、裏道さんに渡す。
火はちゃんとついた。
…これで私のライターもオイル切れしてたら大変なことになってたな。
裏道さんに理不尽にキレられてたと思う。
理不尽に(真顔)
少し表情が現実に戻ってきた裏道さんが、ライターを返してくれる。
…手が、少し当たった。
そして返してもらったライターをまた裏道さんに渡す。
手が…というか指がまた当たった。
……何だろ。
なんか…さっき楽屋で考えてたことがいきなり頭に…。
『人を好きになった時っていつ自覚するんだろう』
心の片隅で思っていた。
少女マンガみたいに「ドキッ」とか「きゅん」とかなのかと思ってたけど…。
いやいや変に意識するな!
裏道先輩は今は職場仲間!
男の人だけどこの人は他人に興味ない人だし!
…でも、
この変なモヤモヤとふわふわした気持ちは、何だろう。
何で裏道さんの事ばっかり考えてるんだろ。
何で、この人が喫煙所に先にいることを悔しいと思わなくなってるんだろう。
一番乗り出来てない、むしろ負け続けてるのに。
あー、何だろ。
こういう時って、誰に相談すれば良いんだろ。
そもそも人に相談することなのかな。
もう良い歳した大人だし…。
気付いたら裏道さんが煙草を片手に、私の顔を下から覗き込んでいた。
てか近ッッッ!
ついでに煙が当たってますからッッッ!
ふーんと言いながら、裏道さんは私の横に立った。
あ、私まだ煙草吸ってないや。
ライター1つ裏道さんにあげたから、ポーチから予備を出そ。
ポーチをガサガサしてると、裏道さんが私を呼んだ。
ライターを渡してくれるのかと思ったら、裏道さんは私の手を引いて互いの距離が一気に近くなる。
言われるがまま火のついてない煙草を咥える。
裏道さんの顔が、
私の顔の目の前にあった。
裏道さんの火のついた煙草の部分を、まだ火のついていない私の煙草とくっ付ける。
すうっと息を吸うと、赤くなる裏道さんの煙草の火種。
それが私の煙草に火をつける。
これは俗に言う…
シガーキスというやつ。
映画とかドラマでたまに見る。
男の人同士でもするし、何ら意味はないんだろうけど。
至近距離の裏道さんに、
少女マンガのようにドキドキした。
体大の頃とは違う。
あの頃は憧れていて、目標でいて、そういうのも含めて好きな人だったんだと思う。
けど今は、今の私は、
ただ単純に裏道さんに恋をしてるんだ。
あの時の約束の答えを教えてくれない、ずるい人に、
私は純粋に恋をしたんだ。
今日の私は一番乗りどころか、
表田裏道に
完敗した。
そして気付いてしまった。
この無自覚で、約束も守ってくれなかったずるい人を
私は好きになったって。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。