あれは、やり過ぎただろうか。
ライターで付けれるはずの火を、俺の吸ってた煙草から移す為に、あの時あなたの手を引いた。
少しでも君に近付けるのなら、理由なんて何でも良い。
早く俺の気持ちに気付いてくれないかと鈍感な相棒の事を考えながら、俺は一人自宅のベランダで煙草の火を見つめていた。
______________
ピンポーン
そろそろ夕飯でも食べようかと思っていたら、玄関のチャイムが鳴った。
誰だ。
通販とかで買い物はしてないし、宗教勧誘もこの時間はさすがに来ないだろう。
面倒だなと思いながらドアを開けると、兎原と熊谷がいた。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ兎原の声は廊下に響く。
近所迷惑になって苦情はごめんだ。
半分不本意だが、2人を家に上げる。
まぁ…しょっちゅう来るから(俺は呼んでない)、慣れてはいる。
兎原の実家からという酒を受け取って、部屋に入る。
熊谷が机の上にビニール袋を置く。
中にはつまみの類いが入っていた。
…こいつら、ここで飲む気だな。
さっきまで静かだった部屋が急に騒がしくなった。
机に置きっぱなしだった携帯を見ると、確かに兎原からのメッセージと着信が残っていた。
ベランダにいたから気付かなかったのか。
兎原はダンベルに足をぶつけていた。
何度家に来ても、毎度ぶつけている。
返事もろくに聞かずに冷蔵庫に向かう。
ビールを3缶持って部屋に戻る。
熊谷は手際良く買ってきたつまみを机に並べていた。
机に2人のビールを置いておく。
兎原はまだ若干涙目だ。
ぶつけたところが余程痛かったのだろう。
そんな感じで何故か突然始まった我が家での飲み会。
まぁ…いつもの事だけど。
___________
1時間後
いきなり起きて俺にその話題を振るのか。
酒の力は怖いな(棒)
兎原は完全に勘違いをしている。
あなたと付き合っていたら、さっきみたいにベランダで一人で考え込んだりしていない。
そもそもあなたに俺を意識してもらう方法を考えたりしていない。
こいつは何を言っているんだ。
勘違いとかではなく人違いではないか。
…あれか。
兎原のテンションの上がり下がりがジェットコースター並みになっている。
酒の力は怖いな(真顔)
熊谷は前に居酒屋で話したからまだ良いが、何も知らない上に酔っぱらっている兎原に説明するのは面倒だ。
そもそも俺とあなたは付き合っていないし、喫煙所でキスもしていない。
あれはあなたの煙草に火を移していただけだ。
距離が近かったし、多分角度もあってキスしてるように見えたんだろう。
そこから一人で妄想が暴走して勘違いして今に至るという感じなんだろう。
色々と兎原らしい。
それに対して、恐らくキスではない事に気が付いていながらあえて兎原に何の説明もしていない熊谷も、色々と熊谷らしい。
兎原は酔いもあってか、涙目で机に突っ伏した。
このまま寝てくれたら楽なんだが。
とても面倒だ。
兎原のテンションがいきなり高くなった。
こいつ、付き合ってるという話よりキスの話が聞きたいだけなんじゃないのか。
遂に愛に飢えて他人の恋話で自給自足しているのか…(遠い目)
本当は違う。
ライターの火を切らしたのは俺だ。
でもあえて、そうだった事にしておく。
…色々と聞かれるのは余計面倒だし。
兎原は禁煙者だから、その辺は知らないのか。
だったら余計勘違いするだろうな。
元喫煙者の熊谷は理解したらしい。
というか最初からわかっていたようだ。
いきなり他人とするような行為ではないが、別に恋人じゃないとしてはいけないという決まりもない。
俺にとってはただ、あなたに近付く為の口実にしか過ぎない。
熊谷、こういう時に余計なことを…。
確かに間接キスと言われればそうなのかとも思うが、正直俺はそこまで考えていなかった。
距離を近くする為の口実だったから。
あなたが気にしているのかどうか、俺は知らないけれど。
ようやく熊谷からの助け船。
どうやら兎原は納得してくれたらしい。
兎原は酒の入ったグラスを持ちながら、何かを思い出すかのように話し出した。
兎原からの意外な質問。
俺とあなたの仲…。
兎原にしてはまともな質問な気がする。
俺とあなたは親友とかではない。
大学の先輩と後輩。
仕事のパートナー。
ただそれだけだ。
嘘だ。
俺はあなたが好きだ。
けれどあなたがどう思っているのか、そもそも異性として見られているのかもわからない。
意識してほしいから、行動してるつもりだが…。
一人でベランダに出て、窓を閉める。
熊谷の言う通り外は寒い。
春はまだ少し先か。
体大を卒業する時に言われたあの言葉。
あの時した約束。
いくら俺があなたに意識してもらえるように行動しても、
約束を果たしていない、ずるい俺を
あなたはどう思っているのだろう。
煙草の煙が冷たい風に流されていく。
今更約束を果たしても、あなたは許してはくれないだろうか。
逆に嫌われるだろうか。
それでも俺は、
君が欲しいんだ。
next→
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。