_______
居酒屋
きっと違う。
体大時代のあのやり取り、今思えば裏道さんは誰よりもあなたさんのことを気にかけていたに違いない。
この人は素直じゃない部分もある。
今も昔も。
変なところは素直に態度に出すが(主に兎原への態度)…肝心なところは隠してばかりだと俺は思ってる。
単刀直入に聞くのは流石に野暮か。
ただあなたさんが用事で飲み会を断ってから様子が変なのを見ていると、もしかしてと思ってしまう俺がいる。
この様子だと裏道さんは、あなたさんが体大4年の時の事をほとんど知らなさそうだ。
話すべきか。
いや、 あなたさん本人がいないのにあの話をするのは良くないだろう。
下手に話して裏道さんがあなたさんに対しての態度が変わるのも良くない。
あの頃の事は、今は黙っていよう。
そう話してくれた裏道さんは、どこか寂しげな表情をしているように見えた。
またこの人は意地を張っているんだろう。
本当は気になって仕方がない癖に。
全く…ここまで来るといくら先輩とはいえ見ていられない。
というか見てる方はこっちがモヤモヤする。
ダメ元で聞いてみるか。
野暮かもしれないが。
やはり聞くべきではなかったか。
単刀直入過ぎたか。
やけに静かな居酒屋に、沈黙の時間が流れる。
答えてくれるとは意外だった。
もう少し言いづらそうな雰囲気なるとか、はぐらかすとか想像していたから。
裏道さんは、いつからあなたさんの事を好きだったのだろう。
体大の頃からなのか、MHKに入社してからなのか。
でも、俺の中でストンと府に落ちた。
裏道さんがあなたさんを好いていることに。
いつも気にかけていたその行動に。
俺は一人で納得していた。
少し安堵した俺に、裏道さんは低い声で、煙草の煙を眺めながら言った。
裏道さんは兎原をゆさゆさと揺すって起こしている。
まだどこか曇った表情が、とても辛そうに見える。
「許してくれない」とは何だ。
あなたさんと裏道さんの間に、何かあったのだろうか。
最近なのか、過去なのか…。
さすがにこれ以上聞くのは本当に野暮だ。
俺も詩乃さんを起こすとしよう。
ゆさゆさと酔っぱらい2人を起こしているが、詩乃さんはともかく兎原が起きる気配がない。
面倒だが、こいつは俺が引きずって帰るか。
詩乃さんはタクシーに乗せたら大丈夫だろう。
裏道さんがキレ気味に無理矢理兎原を起こした。
相変わらず裏道さんのデコピンはかなり痛そうだ。
兎原の大声で詩乃さんも起きた。
まだ酔いが覚めてないのか。
少しテンションが高い。
会計を済ませて店の外に出る。
冬の冷たい風が痛いぐらいだ。
詩乃さんがタクシーに乗った所を見届けて、俺たちも解散する。
兎原と家が同じ方面なのがこういう時は面倒だ。
酒臭い兎原に絡まれながら、俺たち2人は帰路に着いた。
裏道さんは…この後どうするんだろう。
next→
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!