重岡side
先生の話なんて全く頭に入ってこなかった。
俺が今あなたの保護者的立ち位置なのに
俺がしっかりしなきゃあかんのに放心状態だった。
医師「…重岡さん。」
ふと急に俺の名前を呼んだ先生。
俺ははっとなって直ぐに先生の目を見た。
医師「…僕達もいます。まずはリハビリを
頑張りましょう。」
医師
「分からないことがあったら何でも言ってください。」
「…すみません。」
先生は胸ポケットに入れていた小さい電話が鳴り
そのまま部屋を後にした。
0歳からまたやり直しですって言われて
一番最初に何が出来るんや…。
当然喋りなんて出来ひんし
絵を描くとかそんなんもあかん…。
嬉しい気持ちなんてそんなん余裕なくて
今は焦りの方が圧倒的に勝っとった。
ポケットに入れていた携帯を立ち上げようと
電源を入れようとしたけど
俺の今の状況を知らんから何も教えてくれる訳
ないなって思ってまた携帯をしまった。
先生から貰った資料を持って部屋を後にして
来た廊下を戻りあなたの部屋に戻った。
ウキウキだった数時間前の俺とは違う趣で
ドアの前に立っている。
いつもの感じで入ればいいのか色々悩んだ。
もしかしたら俺が入ったら
あなたは俺の名前を呼んでくれるんちゃうんかなって
変な期待も抱いてた。
平常心を保ちつつ中に入るけれど
でもやっぱりどこか変な気持ちやった。
直ぐあなたのベットに行って
あなたが起きてるのを確認した。
一方的の会話はあなたが起きてからも代わりはない。
ほら今も、なんだこいつ?っていう顔して
俺を見てる。
そりゃそうやんな。
0歳なんやから……。
今にも閉じそうな瞼を優しく俺の手で
上から閉じてあげて出ていた腕を布団の中に入れ
頭を撫でた。
散々今まで寝てきたはずやのに
それでも眠いのはやっぱり赤ちゃん返りしてるなって
パンパンな頭でもすぐにわかった。
そんなに多くない荷物を持って部屋を後にした。
明日になったらコロッと変わるさ。
大ちゃんって呼んでくれるはずさ。
あなたが居なくなった日々は
面白いくらいにつまらないはずたがら
また俺の毎日をあなたの色で染めてくれるはずだから。
病院の入口から少し離れたタクシー乗り場まで
歩いて列に並ぶ。
何もすることなくて悔しくも携帯を開いた。
飛び込んできたのは輝かしい笑顔で笑うあなた。
なぁ、笑ってくれるやろ?
俺が明日から毎日来ても
この笑顔で迎えてくれるだろう?
大ちゃん、おはよう。
そう言ってくれるやろ?
ドライバー「お兄さん、乗らんのかい?」
携帯に……
待受画面に気を取られてた俺は
目の前のタクシーに気付かず突っ立ってた。
慌てて緑色のタクシーに乗って行き先を告げて
走らせてもらった。
ドライバー
「…お兄さん、疲れてんね。隈できとるよ。」
ドライバー
「息抜きも大切だよ。
自分が思っている以上に体は疲れる。心もね。
毎日じゃなくてもいいと思う。
お兄さんの大切な人だって分かってくれるさ。
…長年病院専属のタクシードライバーやってるから
色々な人見てきたよ。
泣き崩れる人、呆然する人、
頭いっぱいいっぱいになる人。
タクシーだけなんだ。休める所って。
どうせ、家に帰っても心配して休めないのさ。
家と病院の距離が遠い分ね。
お兄さんもちょっと病院から遠いじゃない。
今のうちだよ。
心が叫んでるんじゃないか?
…どうすればいいんだって。」
ドライバー
「昔ここでお世話になってね。
恩返しっていうか…。
患者の家族と病院と患者を繋ぎたいって
思ってね。
…俺もよくタクシー使ってくれる客さんには
よくコミュニケーションとってるよ。
息抜きっていうことでね。」
ドライバー
「乗り越えられた分、待ち望んでた未来来ると思うで。」
乗り越えられたら俺らは明るい未来に
ちゃんとなっているんやろうか。
夕方前に来たはずなのに
街並みは一気に暗くなって
街灯が眩しいくらいな夜に
俺はあなたを思いながら目を閉じた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!