「ヒョンっ、苦しいよ、」
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「ぅッ…ごめんなさっ…」
乾いた音と鈍い音が響くのは狭くて汚い此処。
僕の家だ。
その音に伴い、汚い言葉と僕の弱々しい声が、空気中で飛び交っている。
「早く買ってこいって言ってんだろ!酒だよ酒!!」
「で、も、いっ…」
「買ってこいってんだ!出ていけ早く!」
この汚い家に住んでるのは、僕とお父さん。
お母さんは、とうの昔に居なくなった。
今でさえ、生きてるのか死んでるのかも分かっていない。
お父さんは、僕が幼い頃からお酒に溺れていたし、たまに帰ってきてはこんな感じで暴力も振るってきた。
僕は今中学三年生。でも学校には行っていない。
小学校は人並みに行ってたけど、友達は居なかった。
そのまま中学に上がると、苛めに遭った。
どうせ僕がこんなに傷だらけで汚いからに決まっている。
皆に必要にされていないなら行く必要も無いと思って、
中学に行くのを二年前にやめた。
中学に行くのを辞めたからと言って、お父さんは何も言って来ない。
基本的に夜中以外は家を空けていたお父さんは、毎晩決まって酷い香水の匂いを纏って帰ってくる。
僕はその匂いがする度に吐きそうになっていた。
それが僕の日常。
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冬。
その晩も寒かった。
お父さんは、いつもと違った。
「おい。」
炬燵で寝ていたお父さんは僕を呼んだ。
「…はい、」
するとよろよろと立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かってきて、
「っ、はあっ…」
僕の首に両手をかざして、強い力を込めた。
毎日暴力を振るわれていたけど、首を絞められたのは初めてだった。
苦しい。思うように息が出来ない。殺されちゃう。
今までで初めての恐怖。僕は兎に角藻掻いた。
「やめっ、やっ、っはっ、っ、く」
「じっとしろ。」
「い、やっ、や、っ、うぅっ、」
段々全身がビリビリしてきて、本当に死を覚悟した。
すると、
「くっ、はぁ、はぁ、はぁ、っ、はぁ、はぁ、」
手が離れた。
すると、お父さんは少し俺の目を見てから何も言わずに、また炬燵に入った。
僕はその晩、長い間流していなかった涙を一人で流した。
小さな小さな僕の部屋。
汚くて、足場のないそこは物置と化していたけど、
僕自身、体が小さいからスペースとしては充分だった。
「っ、んくっ、はぁっ、っ、、っ」
僕は心のどこかで、きっとお父さんを信じていたのだろう。
暴力は愛情。
暴言は僕の出来が悪いから叱ってくれた。
お父さんがよく家を空けるのは僕が1人で生活できるように。
そんなうまい話、ある訳ないけど。
きっとそう思ってたんだろうな。
だってお父さんだから。
でも違った。
首を絞められて、僕は今まで愛されていなかった事を痛感した。
すると家にいるのが馬鹿馬鹿しくなってきて、家を出た。
ガラガラとドアを開け、冷たい夜風にぼーっと当たっていると、
「よう」
近所に住んでいる1つ年上のジュホニヒョンが声を掛けてきた。
「こんばんは…」
僕が力無くそう返すと彼はバイクに跨りやがてエンジンを掛け夜の街へ消えていった。
彼は近所でも中学でも有名な不良だ。
僕もジュホニヒョンと同じく、夜の街へ消えた。
とはいっても、僕は近くのコンビニで少し冷えた体を温めるだけだ。
お父さんが眠る頃に帰ろう。
僕はコンビニである事を思った。
このままじゃいけない。このままじゃ意味が無い。
僕から行動に出ないと。
そんな考えがポンポンと出てきた。
結論として出たのは、高校に進学するという事。
高校に進学して、就職して、一人で暮らす。一人が一番だと思うから。
その結論が出た晩から、僕は勉強を始めた。
長い事していなかった勉強の仕方は、中学に行けば分かる。
中学で僕は邪魔者の様な扱いではあるが、僕は僕で生きていく。
家で無意味に暴力を振るわれるよりはマシだ。
案の定、久々に中学に行っても誰も歓迎してくれなかったけど、それでいい。僕は一人で生きていくから。
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「よし。受かった。」
受験番号が書かれた小さな紙を手に持ち、1人で受験を受けた高校に向かった。
そこには、僕の持っている受験番号が示されてあった。
あの事を決めた日は既に、普通の中学三年生からすれば受験間近だった為、成績は少ししか上がらなかった。だから、僕が通うのは定時制の高校。
「おっしゃ!受かってる!」
「俺も!!」
後ろから大きな声が聞こえ、ビックリして後ろを見ると、
「…あ?イムじゃん」
「俺らこいつと同じなの?w」
「ある意味負け組かもな、イムくん。」
中学時代、僕を中心的に苛めきた張本人だ。
その2人は受験番号を見てすぐに何処かに去って行ったが、
僕は震えが止まらなかった。
月日は経ち、高校生になってから1ヶ月が経とうとしている。
中学とはさほど変わらない生活で、いい思いはしていなかった。
あの時に苛めてきた2人と同じクラスになってしまったし、変わらず僕に酷い扱いをする。
勿論お父さんだって、変わらず僕に暴力を振るう。
変わったと言ったら、
僕が学校に行っているという事。ただそれだけだった。
たった3年間我慢すれば、僕は僕なりの暮らしを手に入れる事が出来る。僕は僕だけを信じる。
帰りのホームルームが終わり、各自帰宅をする頃。
「イームくんっ。」
誰もいなくなった教室で、今日も苛めに遭う運命。
例の2人が、僕に擦り寄ってきた。
何をされるのか大体分かっていた。
はずが…
「ん?お前ってまぁまぁ可愛い顔してるんだな。」
予想とは反した、よく分からない発言をしてきた。
すると、彼はいつもの様に殴るでも蹴るでも暴言を吐くでもなく、僕の顔や体を凝視し始めた。
「…なに、?」
「なんかイケる気するわ」
「俺も〜w」
いまいち状況についていけずにいると、名前を呼んできた奴が突然僕の腕を椅子の後ろに回してきて、身動きが取れないようにしてきた。
「やっ、なに、」
「こわいんだねwかわいいw」
「お前さ、俺こうやって腕固定しとくからキスしてやりなよ」
僕が、いつもヘラヘラしてる方の奴とするって事…?
「りょうかーいw」
するとそいつは、いつもヘラヘラしているのにその瞬間に目の色を変え、俺にキスをしてきた。
「んんっ!うぅっ…!んん!」
顔だけでも逃れようと必死に相手の口を避けようとするも呆気なく顔を掴まれてしまった。
息が出来ない。気持ち悪い。ゾッとして鳥肌が立つ感覚がした。
「っはぁ…イムって、エロいんだな…」
「あっ、ごめん、腕真っ赤だわ。」
口が離されると、酸素を吸収するのに精一杯で頭が回らなかった。
椅子じゃ赤くなると判断された僕の腕は今度、僕の頭の上で固定された。
すると、キスをしてこなかった方の奴が俺の顔を覗き込んできた。
「えろい顔だな」
恥ずかしくなり、目が湿った。
絶体絶命。どうする事も出来ないような状況で、突然誰かが入って来た。
「チャンギュ…おい、お前ら何やってんだよ。」
ジュホニ…ヒョン…?
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。