そして、このふしぎな手紙は、ある熱烈な祈りの言葉を以て結ばれていた。
佳子は、手紙の半程まで読んだ時、已に恐しい予感の為に、まっ青になって了った。
そして、無意識に立上ると、気味悪い肘掛椅子の置かれた書斎から逃げ出して、日本建ての居間の方へ来ていた。手紙の後の方は、いっそ読まないで、破り棄てて了おうかと思ったけれど、どうやら気懸りなままに、居間の小机の上で、兎も角も、読みつづけた。
彼女の予感はやっぱり当っていた。
これはまあ、何という恐ろしい事実であろう。彼女が毎日腰かけていた、あの肘掛椅子の中には、見も知らぬ一人の男が、入っていたのであるか。
彼女は、背中から冷水をあびせられた様な、悪寒を覚えた。そして、いつまでたっても、不思議な身震いがやまなかった。
彼女は、あまりのことに、ボンヤリして了って、これをどう処置すべきか、まるで見当がつかぬのであった。椅子を調べて見る(?)どうしてどうして、そんな気味の悪いことが出来るものか。そこには仮令、もう人間がいなくても、食物その他の、彼に附属した汚いものが、まだ残されているに相違ないのだ。
ハッとして、振り向くと、それは、一人の女中が、今届いたらしい封書を持て来たのだった。
佳子は、無意識にそれを受取って、開封しようとしたが、ふと、その上書を見ると、彼女は、思わずその手紙を取りおとした程も、ひどい驚きに打たれた。そこには、さっきの無気味な手紙と寸分違わぬ筆癖をもって、彼女の名宛が書かれてあったのだ。
彼女は、長い間、それを開封しようか、しまいかと迷っていた。が、とうとう、最後にそれを破って、ビクビクしながら、中身を読んで行った。手紙はごく短いものであったけれど、そこには、彼女を、もう一度ハッとさせた様な、奇妙な文言が記されていた。
突然御手紙を差上げます無躾を、幾重にもお許し下さいまし。私は日頃、先生のお作を愛読しているものでございます。別封お送り致しましたのは、私の拙い創作でございます。御一覧の上、御批評が頂けますれば、此上の幸はございません。ある理由の為に、原稿の方は、この手紙を書きます前に投函致しましたから、已に御覧済みかと拝察致します。如何でございましたでしょうか。若し、拙作がいくらかでも、先生に感銘を与え得たとしますれば、こんな嬉しいことはないのでございますが。
原稿には、態と省いて置きましたが、表題は「人間椅子」とつけたい考えでございます。
では、失礼を顧みず、お願いまで。匆々。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!