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第11話

人間椅子 11
621
2021/08/03 04:00
 そして、このふしぎな手紙は、ある熱烈な祈りの言葉を以て結ばれていた。
 佳子は、手紙の半程なかほどまで読んだ時、すでに恐しい予感の為に、まっ青になって了った。
 そして、無意識に立上ると、気味悪い肘掛椅子の置かれた書斎から逃げ出して、日本建ての居間の方へ来ていた。手紙の後の方は、いっそ読まないで、破りてて了おうかと思ったけれど、どうやら気懸きがかりなままに、居間の小机の上で、兎も角も、読みつづけた。
 彼女の予感はやっぱり当っていた。
 これはまあ、何という恐ろしい事実であろう。彼女が毎日腰かけていた、あの肘掛椅子の中には、見も知らぬ一人の男が、入っていたのであるか。
佳子
オオ、気味の悪い
 彼女は、背中から冷水をあびせられた様な、悪寒おかんを覚えた。そして、いつまでたっても、不思議な身震いがやまなかった。
 彼女は、あまりのことに、ボンヤリして了って、これをどう処置すべきか、まるで見当がつかぬのであった。椅子を調べて見る(?)どうしてどうして、そんな気味の悪いことが出来るものか。そこには仮令、もう人間がいなくても、食物その他の、彼に附属した汚いものが、まだ残されているに相違ないのだ。
女中
奥様、お手紙でございます
 ハッとして、振り向くと、それは、一人の女中が、今届いたらしい封書をもって来たのだった。
 佳子は、無意識にそれを受取って、開封しようとしたが、ふと、その上書うわがきを見ると、彼女は、思わずその手紙を取りおとした程も、ひどい驚きに打たれた。そこには、さっきの無気味な手紙と寸分違わぬ筆癖ふでぐせをもって、彼女の名宛なあてが書かれてあったのだ。
 彼女は、長い間、それを開封しようか、しまいかと迷っていた。が、とうとう、最後にそれを破って、ビクビクしながら、中身を読んで行った。手紙はごく短いものであったけれど、そこには、彼女を、もう一度ハッとさせた様な、奇妙な文言もんごんしるされていた。
 突然御手紙を差上げます無躾を、幾重にもお許し下さいまし。私は日頃、先生のお作を愛読しているものでございます。別封お送り致しましたのは、私のつたない創作でございます。御一覧の上、御批評が頂けますれば、此上のさいわいはございません。ある理由の為に、原稿の方は、この手紙を書きます前に投函致しましたから、已に御覧済みかと拝察致します。如何いかがでございましたでしょうか。若し、拙作せっさくがいくらかでも、先生に感銘を与え得たとしますれば、こんな嬉しいことはないのでございますが。
 原稿には、わざと省いて置きましたが、表題は「人間椅子」とつけたい考えでございます。
 では、失礼をかえりみず、お願いまで。匆々そうそう

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