『「いらっしゃい。」
ドアの向こうから男の人の声が聞こえてきて、
ぼくはびっくりした。
ただのうすっぺらいドアじゃなくて、ドアのおくは、
どこかの部屋につながっているみたいなのだ。
「どうぞ、なかへ。」
どうなっているのか知りたくて、
ぼくはなかに入ることにした。』
『ドアのおくは、
ランプでてらされた赤っぽい光の部屋だった。
あまり広くはないが、お店のようだ。
木のたなに、からの広口ビンがずらりとならび、
その口から糸でつないだふうせんのようなものが
うかんでいる。
カウンターの後ろに、お店の人がいた。
「こ、こんにちは……。」
「こんにちは。わたしは、ウツロイ博士。
『ココロ屋』の主人です。」』
トントン、と肩をたたかれて振り返ってみると、
お盆に湯気ののぼるマグカップを乗せた、
店員さんだった。
ふーふー…と息を吹きかけてから一口飲む。
なんだか甘くて、だんだん眠くなる味。
眠い目を擦って、ぼくはまた本を読み始めた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!