出たかと思えば相変わらずドスの効いた声でなんだ、と一言。
その一言すらも今はイラついてしまって仕方がない。
端的に目的を伝えれば知らないの一点張り。きっと着信をかけてからすでに20分はこのやり取りを繰り返している。
やっと観念したのか、ドスの効いた声が少しだけ柔らかくなった気がした。
…今更何を言われたところで、きっと私はこの人を赦したいとは思えない。
ただ、母さんが言うなら。少しは考えてみてもいいのかもしれない。
母さんが私達三人揃っての参拝を望むのなら。できるだけ、その意思を尊重したいから。
父side___
"二人を守りなさい"
娘が小学生に上がり、息子もそろそろ小学生に慣れてきた頃。
昔から、俺がこの座に着いた時から幾度となく世話になった婆さんが倒れた。
子供達の面倒もよく見てくれた婆さんだから、お見舞いに行かないわけにもいかず、時間を見つけて病院へ通っていた時。
いつものように婆さんに簡単な手土産を手渡して、帰ろうとした矢先に言われた言葉だった。
"二人を守りなさい"
全くもって、意味が分からなかった。
俺は俺なりに、仕事も家庭も、両立していたはず。
家事を担当することは出来なくとも、余裕があった時は手伝いもした。
妻と、娘と、息子。そして俺の四人で、執事やらも誰一人いない家族だけで旅行に行ったこともあった。
時には二人に勉強を教えたりもした。小学生程度の学は大人になっても抜けることはなかったから。
そんな平穏な生活の何から二人を守れというのか。
当時は理解出来るはずもなかった。
それから程なくして、婆さんはまた入院した。
二度目の意識不明。毎度誰かの目の届く所で倒れていることだけが救いだった。
その時もまた、同じように。
俺に言った。"二人を守りなさい"。と。
婆さんが、ベッド脇の棚から取り出した茶封筒。
そこから取り出し、俺の目の前に差し出したのは婆さんの達筆で書かれた三文字。
"遺言書"
まだまだ死にそうにもないくせに、立派な字体で書かれたその三つ折りの紙を開くと。
きっと、今の俺が持つ財産よりも膨大な財産の相続先が書かれていた。
遺言者"シン"ヒェリンは本遺言書により以下の通り遺言する。
あなたの名字あなたに次の財産を取得させる。
永遠山、並びにその山頂に位置する築150年の家屋。及び"シン"家の全財産。
上記に記載のない財産については全てあなたの名字ヒョンジンに取得させる。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!