第10話

ニセ彼女、誕生-3
641
2022/05/15 23:00


 帰りにさっそく藤倉君がわたしの教室に迎えにきた。周りは当然目を丸くして、謎の悲鳴があがった。
藤倉瑛太
藤倉瑛太
有村、帰ろ
クラスメイト
えっ、ありむー何? どういうこと?
クラスメイト
有村さん、藤倉君と仲良かったの?
 周りの大興奮を涼しいポーカーフェイスでやりすごして教室を出た。

 大騒ぎされて注目されて、わたしは内心動揺していたけれど、当事者の藤倉君はいつも、こんなのをビシビシ受けている。傍から見ていたものが、これからは自分にも降りかかる。他人事では小さく感じられていたことも、自分事になると結構大きく感じられる。

 わたしは少しの不安と、罪悪感と嬉しさ、そんなものを胸の中にないまぜにしながら彼と一緒に校舎を出た。

 一方の彼はほんの少し解放されたような表情で余裕が感じられる。心細い中でそこは心強い。
藤倉瑛太
藤倉瑛太
有村んちどっち?
有村尚
有村尚
駅から一駅
 聞くと藤倉君も駅から一駅だった。ただし、わたしとは反対方向に。そこは残念だけれど駅までは一緒だ。

 藤倉君と隣り合って歩く。夕暮れ時の、闇に溶ける寸前の長くて薄い影がふたつ、並んで道路に落ちている。わたしの現実感は、まだこの影ぐらい薄い。
藤倉瑛太
藤倉瑛太
あ、そうだ。有村じゃなくて、尚って呼んでいい?
有村尚
有村尚
えっ
 突然藤倉君の口からわたしの名前が出てきたので、心臓が止まりそうになった。
藤倉瑛太
藤倉瑛太
その方がいいだろ
有村尚
有村尚
ソウダネ……
藤倉瑛太
藤倉瑛太
俺のことも瑛太えいたって呼んで
有村尚
有村尚
ヨ、ヨブ
 緊張するけど。呼ぶよ。
有村尚
有村尚
瑛太君は……
藤倉瑛太
藤倉瑛太
呼び捨てでいいよ
有村尚
有村尚
え、でも
藤倉瑛太
藤倉瑛太
その方が自然だろ。付き合ってるんだから
 やばい。やばいやばい。錯覚しそうになる。あまり顔が赤くならない性質でよかった。
有村尚
有村尚
わかった……瑛太
 なんだか語尾が小さくなった。でも、元々声は小さい方だし、抑揚がないのでこの溢れんばかりの動揺は隠せているはず。ちょっとゲロ吐きそうだけど口から出てないし隠せてるはず。
有村尚
有村尚
瑛太、は、部活とかやってないの?
 もちろん本当は知っている。彼は入学してすぐはバスケ部でかなり期待されていたのに、何故か二学期になってすぐに辞めたのだ。
藤倉瑛太
藤倉瑛太
ああうん、前はバスケ部だったんだけど……女の子が沢山来るようになって……俺がいると練習に迷惑かかるから……辞めたんだ
 そんな理由で……。度を超えたモテは日常生活を阻害するんだな。割と真面目に可哀想。
有村尚
有村尚
でも、さ。瑛太なら頼めば嘘で付き合ってくれる人沢山いそうだけど
 なんの気なしに言った言葉に彼がぎょろりとこちらを向いた。
藤倉瑛太
藤倉瑛太
なんの見返りもなくそんなことやる奴いるか?
 心中ヒッと息を呑んだ。

 確かに何かしら得がなければ普通はやらない。自慢したいとか。あと、本当は好きとか……。そういう理由だと嫌なんだろう。
藤倉瑛太
藤倉瑛太
万が一いたとして、もし、好きになられたら? こんなこと言うと自信過剰な奴みたいだけど、俺は正直それが怖い……
有村尚
有村尚
た、確かに瑛太の方からそれを言われて、女の子がその気になっちゃったら……ストーカー化したりするかもだもんね
 全く笑えない自虐的な冗談を言いながら、わたしの心はグラグラ揺れる。

 それはニセ彼女が彼を好きになったら、振られる。付き合いは即終了ということだ。

 わたしの場合、最初から好きなのだから絶対にそのことはバレてはいけない。
藤倉瑛太
藤倉瑛太
だから俺のことを全く好きじゃない、ありむ……尚が相談してくれて、本当に助かった
 完全に信用されている……。もう少し疑った方がいいと思うけど。なんか複雑。
有村尚
有村尚
じゃあ絶対好きにならないようにするね
藤倉瑛太
藤倉瑛太
はは。ないと思うけど、頼むよ
 冗談で軽くかわされた会話。

 わたしと彼とではその言葉の中に含むものがだいぶ違うけれど。言葉は言葉のまま、ふたりの間を行き来して、空中に溶けていく。

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