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帰りにさっそく藤倉君がわたしの教室に迎えにきた。周りは当然目を丸くして、謎の悲鳴があがった。
周りの大興奮を涼しいポーカーフェイスでやりすごして教室を出た。
大騒ぎされて注目されて、わたしは内心動揺していたけれど、当事者の藤倉君はいつも、こんなのをビシビシ受けている。傍から見ていたものが、これからは自分にも降りかかる。他人事では小さく感じられていたことも、自分事になると結構大きく感じられる。
わたしは少しの不安と、罪悪感と嬉しさ、そんなものを胸の中にないまぜにしながら彼と一緒に校舎を出た。
一方の彼はほんの少し解放されたような表情で余裕が感じられる。心細い中でそこは心強い。
聞くと藤倉君も駅から一駅だった。ただし、わたしとは反対方向に。そこは残念だけれど駅までは一緒だ。
藤倉君と隣り合って歩く。夕暮れ時の、闇に溶ける寸前の長くて薄い影がふたつ、並んで道路に落ちている。わたしの現実感は、まだこの影ぐらい薄い。
突然藤倉君の口からわたしの名前が出てきたので、心臓が止まりそうになった。
緊張するけど。呼ぶよ。
やばい。やばいやばい。錯覚しそうになる。あまり顔が赤くならない性質でよかった。
なんだか語尾が小さくなった。でも、元々声は小さい方だし、抑揚がないのでこの溢れんばかりの動揺は隠せているはず。ちょっとゲロ吐きそうだけど口から出てないし隠せてるはず。
もちろん本当は知っている。彼は入学してすぐはバスケ部でかなり期待されていたのに、何故か二学期になってすぐに辞めたのだ。
そんな理由で……。度を超えたモテは日常生活を阻害するんだな。割と真面目に可哀想。
なんの気なしに言った言葉に彼がぎょろりとこちらを向いた。
心中ヒッと息を呑んだ。
確かに何かしら得がなければ普通はやらない。自慢したいとか。あと、本当は好きとか……。そういう理由だと嫌なんだろう。
全く笑えない自虐的な冗談を言いながら、わたしの心はグラグラ揺れる。
それはニセ彼女が彼を好きになったら、振られる。付き合いは即終了ということだ。
わたしの場合、最初から好きなのだから絶対にそのことはバレてはいけない。
完全に信用されている……。もう少し疑った方がいいと思うけど。なんか複雑。
冗談で軽くかわされた会話。
わたしと彼とではその言葉の中に含むものがだいぶ違うけれど。言葉は言葉のまま、ふたりの間を行き来して、空中に溶けていく。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!