雨、やまないかなぁ…
部活を終え、帰宅しようとしたが突然雨が降り出し、傘も忘れてしまい途方に暮れていた。
私は青道高校の野球部でマネージャーをしている。
運悪くこの時間、部員も他のマネージャーも見当たらない。
もう濡れて帰ってしまおうか、1歩を踏み出そうとした瞬間のこと…
背後から声がした。
この声はたしか…
この子は1年生の結城くん。
初日に全ポジションできると宣言した結城くんだ。
1学年下の代の子とあんまり話したことないんだよね…
結城くんはそう言うと私を傘に入れた。
はじめて至近距離で見た結城くんは背が大きくて、思ったより低い声。
突然の事で驚いたけど、実際すごい雨だしお言葉に甘えようかな…
私と結城くんは校外へ歩き出した。
この状況っていわゆる相合傘というもの。
他の部員に見られたら、からかわれそう…
少しくすぐったい気持ちになっていた。
そう言うとまた結城くんは黙々と歩く。
ちょっとこの状況にふわふわした気持ちになっているのは私だけなのかな??
ちらりと結城くんを見るが無表情。
ほんとに私が困ってたから助けてくれたのかな。
優しいし、行動力がすごいなぁ…
私は沈黙に耐えられず、話しかけてみることにした。
やばい、全然続かない…
私も会話ふくらませるの下手すぎでしょ…!
多分、話すのあんまり得意じゃないけど一生懸命答えてくれようとしてるのがわかる。
応援したくなっちゃうな!
ザーザーという雨の音の中に静かに響く結城くんの声。
まさか自分から話し始めてくれるなんて思わなかった。
1年生が夜、集まって自主練をしてるという話は聞いていた。
1年生の段階で彼らはこれだけ高めあえる仲間になってるんだ、すごい!!
また結城くんがこんな熱い気持ちをもってること、話してくれたことが嬉しくてなんだか胸がいっぱい。
結城くんの方を見ると少し照れくさそうにしていて、私はちょっとだけキュンとしてしまった。
そんな熱い話をしながらの帰路は早く感じた。
気づけば家の前。
雨もすっかり小降りになっていた。
結城くんは傘を畳む。
よく見ると結城くんの右肩は濡れていて、私が濡れないように傘をさしてくれたことがよくわかる。
なんだか少しこの時間が名残惜しい…
そんなことを思っていたその時。
声が聞こえて私は目を閉じた。
ほんの少しの衝撃。
そっと目をあけると結城くんの鼻先が私の鼻につくぐらいの距離にあった。
そして私の顔の横には大きな手。
ん…何事!?
ブォーン…車のエンジン音が聞こえた。
私は去っていく車を目で追った。
そして目の前の結城くんはびしょ濡れ。
地面は水溜まりだらけ。
水が跳ねるのから守ってくれたのか…
いやいや、心臓バクバクするんですけど…!!
結城くんは相変わらず表情を変えない。
結城くんは今すぐにでも、では、と言って帰りそうな雰囲気。
まだ今日のお礼言えてないのに
結城くんが相変わらずの無表情で私の話を聞いている。
私は何をペラペラと話しているんだ。
恥ずかしい…!!
結城くんは私にぺこりと頭を下げると自分の家の方向に歩いていった。
『相合傘は俺も照れました。』
この言葉が脳内でリピートされる。
私はポカンとしたまま彼の後ろ姿を見送った。
これは、なんか、やばいかも…
私は自分の顔の熱さに驚く。
なんだろう、きっと深い意味はない。
わかってるのに、こんな短時間で結城哲也という人間にどんどん惹かれてしまった。
明日から普通にできるかな…
あの子は大物になる。
このチームの『特別』になる選手だ。
この魅力をみんないずれ知ることになるけど、今はまだ私だけ知ってたいなーなんてバカなことを考えた。
私がそんな彼の『特別』になるのはまだ少し先の話。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。