第8話

結城哲也
748
2021/09/05 15:22
雨、やまないかなぁ…

部活を終え、帰宅しようとしたが突然雨が降り出し、傘も忘れてしまい途方に暮れていた。

私は青道高校の野球部でマネージャーをしている。

運悪くこの時間、部員も他のマネージャーも見当たらない。

もう濡れて帰ってしまおうか、1歩を踏み出そうとした瞬間のこと…
結城哲也
結城哲也
お疲れ様です
背後から声がした。
この声はたしか…
私
おつかれさま。結城くん??
この子は1年生の結城くん。
初日に全ポジションできると宣言した結城くんだ。

1学年下の代の子とあんまり話したことないんだよね…
結城哲也
結城哲也
あの、お困りでしたら…
結城くんはそう言うと私を傘に入れた。
私
えっ…
結城哲也
結城哲也
入っていきませんか??
はじめて至近距離で見た結城くんは背が大きくて、思ったより低い声。

突然の事で驚いたけど、実際すごい雨だしお言葉に甘えようかな…
私
ありがとう、いいの?
結城哲也
結城哲也
風邪ひいたら大変なので
私と結城くんは校外へ歩き出した。

この状況っていわゆる相合傘というもの。
他の部員に見られたら、からかわれそう…
少しくすぐったい気持ちになっていた。
結城哲也
結城哲也
先輩は家どこなんですか?
私
すぐ近くなの。この信号を真っ直ぐ行ったら着くよ
結城哲也
結城哲也
わかりました。
そう言うとまた結城くんは黙々と歩く。

ちょっとこの状況にふわふわした気持ちになっているのは私だけなのかな??

ちらりと結城くんを見るが無表情。

ほんとに私が困ってたから助けてくれたのかな。
優しいし、行動力がすごいなぁ…
私は沈黙に耐えられず、話しかけてみることにした。
私
結城くんは寮じゃないんだね。
結城哲也
結城哲也
はい、家から近いので。
私
そっかそっか
やばい、全然続かない…
私も会話ふくらませるの下手すぎでしょ…!
私
最近調子いいのー?
結城くん、一軍の練習試合のメンバーに呼ばれてたよね??
結城哲也
結城哲也
最近調子はいいと思います。
俺が結果を残すことで、1年のためにもなるので何がなんでも打ちたいです。
私
うん、応援してるよ!
多分、話すのあんまり得意じゃないけど一生懸命答えてくれようとしてるのがわかる。

応援したくなっちゃうな!
結城哲也
結城哲也
俺たちの代が不作と言われてることはみんなわかってるんです。
ザーザーという雨の音の中に静かに響く結城くんの声。

まさか自分から話し始めてくれるなんて思わなかった。
私
うん。
結城哲也
結城哲也
伊佐敷も小湊も増子も、尊敬できる仲間です。
その代表として呼ばれたからには、頑張りたい。
1年生が夜、集まって自主練をしてるという話は聞いていた。

1年生の段階で彼らはこれだけ高めあえる仲間になってるんだ、すごい!!

また結城くんがこんな熱い気持ちをもってること、話してくれたことが嬉しくてなんだか胸がいっぱい。
私
その言葉、みんなに聞かせてあげたい!
結城哲也
結城哲也
いや、秘密にしててください。
結城くんの方を見ると少し照れくさそうにしていて、私はちょっとだけキュンとしてしまった。
そんな熱い話をしながらの帰路は早く感じた。
気づけば家の前。
私
ありがとう!家ここなの
結城哲也
結城哲也
いえいえ
雨もすっかり小降りになっていた。
結城くんは傘を畳む。

よく見ると結城くんの右肩は濡れていて、私が濡れないように傘をさしてくれたことがよくわかる。
なんだか少しこの時間が名残惜しい…
そんなことを思っていたその時。
結城哲也
結城哲也
あぶない!
声が聞こえて私は目を閉じた。

ほんの少しの衝撃。
そっと目をあけると結城くんの鼻先が私の鼻につくぐらいの距離にあった。

そして私の顔の横には大きな手。

ん…何事!?

ブォーン…車のエンジン音が聞こえた。
私
ゆ、ゆ、結城くん…ちかい…です
結城哲也
結城哲也
あ、すいません。
私は去っていく車を目で追った。

そして目の前の結城くんはびしょ濡れ。

地面は水溜まりだらけ。

水が跳ねるのから守ってくれたのか…

いやいや、心臓バクバクするんですけど…!!
結城くんは相変わらず表情を変えない。
私
ご、ごめんね!タオル持ってくるよ!
結城哲也
結城哲也
大丈夫です。俺も家、すぐそこなので
結城くんは今すぐにでも、では、と言って帰りそうな雰囲気。

まだ今日のお礼言えてないのに
私
あの、結城くん!送ってくれてありがとう!
あんまり話したことなかったけど今日たくさん話せて楽しかった!!
相合傘とか、ちょっと照れたけど…
結城くんが相変わらずの無表情で私の話を聞いている。

私は何をペラペラと話しているんだ。
恥ずかしい…!!
結城哲也
結城哲也
あなた先輩が濡れなくて良かったです。
相合傘は俺も照れました。では…
結城くんは私にぺこりと頭を下げると自分の家の方向に歩いていった。

『相合傘は俺も照れました。』

この言葉が脳内でリピートされる。
私はポカンとしたまま彼の後ろ姿を見送った。

これは、なんか、やばいかも…
私は自分の顔の熱さに驚く。
私
あっつ〜…
なんだろう、きっと深い意味はない。

わかってるのに、こんな短時間で結城哲也という人間にどんどん惹かれてしまった。


明日から普通にできるかな…


あの子は大物になる。
このチームの『特別』になる選手だ。
この魅力をみんないずれ知ることになるけど、今はまだ私だけ知ってたいなーなんてバカなことを考えた。






私がそんな彼の『特別』になるのはまだ少し先の話。

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