教室の端の席でスコアを眺める。
これは私の日課。
稲実のマネージャーになってからというもの、この作業を欠かしたことはなかった。
投手 成宮
最近本当にらしくないわ。
鵜久森に負けてからというもの、鳴を含めチームがどことなくまとまりがない。
1年の夏の敗戦後。鳴は1週間部屋から出てこなかった。その時よりはましだけど、マネージャーとしてどう振る舞うべきか私もすごく悩む時期だ。
様子、見に行ってみようかな…
私は鳴のクラスを訪れた。
ちょうどいい所に部員発見。
鳴は見当たらないし、どこにいるか聞いてみよ。
いや、いないなって!今昼休みなんだけど!
国友監督は学校生活を疎かにするような選手は使わない。
カルロスの言うことがほんとだとしたら、鳴とはいえそれは許されないだろうし、連れ戻さないとな…
私がため息混じりにそう言うとカルロスは気楽に笑った。
私は保健室へ急いだ。
ちなみになぜ私がカルロスに『姫』だなんて呼ばれているかというと、一応私は成宮鳴の彼女であるからだ。
鳴は投球スタイルやら、そのルックスやらでマスコミから『プリンス』と呼ばれることが多い。
その彼女だから部員が面白がって私のことを『姫』と呼ぶようになった。
主にカルロスが呼んでくる。
保健室に入ると先生はいなかった。
ベットの方へ近づくと鳴がスヤスヤ寝ていた。
普通カーテンとか閉めるんじゃないの??
とか思いながら私は鳴に近づいた。
そっとカーテンを閉める。
王子様のお昼寝。
そんな言葉が似合ってしまう寝顔に彼女としてはもっと眺めてたいがそうはいかない。
体を揺らすと鳴はそっと目を開けた。
眠そうに目をこすっている。
ゆっくり上体を起こすと鳴は伸びをした。
ここまで来たはいいけど、なんて声かけよう…
踏み込んでくんなとそう線引きをされた気がした。
ここ最近私に対してもずっとそうだ。
でも、私だってここで引き下がる訳にはいかない。
鳴は何も言ってくれなかった。
わかってる、私は確かに選手の気持ちはわかってあげられない。
ずっと下を向いていた鳴が私の目を見た。
その瞳から諦めとか悲しみとか怒りとか、たくさんの思いが感じられて私は切なくなる。
一方的に話してしまってることはわかってるけど、止まらなかった。
鳴が塞ぎ込むことで今は『投げたくない』と意思表示をしたように、近くで見てた私だって彼に伝えたい思いがあった。
鳴の表情はマウンドでの全てを見下すような表情とは真逆だった。
何もかもから逃げるような、負けを認めるかのような目。
そんな目を私に向けないで…
私は鳴の肩に手を置いてしっかりと目を見て話す。
とにかく伝わって欲しい…!!
私の目から涙がつーと流れた。
ダメだ、絶対泣かないつもりだったのに…
鳴は私の涙を指で拭ってくれる。
私は涙が止まらなくなってしまった。
あぁ…これは私に向けてくれる優しい目。
少しほっとする。
そう言うと鳴は私のおでこにキスをした。
私の反応を見て鳴はいたずらっぽく笑う。
なんだかすっかり元気になっちゃって
首をかしげるその仕草がまたカッコ可愛い
その誘惑にのってしまいそうになるけど、ダメダメ、私は稲実野球部のマネージャー。
なんとかエース様の回復に成功。
これは監督にすら正直褒めていただきたいわ
時は流れ放課後の練習のこと
振り返ると樹が走ってこっちに来てた。
うん、良かったじゃないか。
でも樹はなんか納得してなさそう。
なるほどね、樹はほんと勉強熱心だよね。
でも、コツがあるわけでもないしな…
これに限る。
冗談混じりにそう言うと樹も笑ってくれた。
でも、樹にも鳴の唯一無二になってほしいな
でもきっと、それは彼らがこの1年で作っていくものだから。
私は1番近くで応援し続けるよ。
鳴がちょっと遠くから叫んでる。
ほんと元気になったみたいで良かった。
さぁ、今日も練習頑張るぞ!!
日本一の景色、きっと成宮鳴は見せてくれるから。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。