第6話

デートでは糖度高めなのです?
6,456
2019/07/07 04:09
【駅のロータリー】
日曜午前10時45分、御津原みつはら駅前。
莉の香
莉の香
先生、早いんですね
莉の香りのかが待ち合わせ場所のロータリーに着くと、紫崎しばさきが先に待っていた。
まだ時間の15分も前だ。
紫崎
紫崎
この間は白沢しらさわを待たせて
しまったからな。

お姫さまを待たせるわけには
いかない……
紫崎
紫崎
だろう?
紫崎は口の端を上げ、小さくニヤリと笑みを浮かべた。
莉の香
莉の香
……っ
莉の香
莉の香
(いじわるな表情……)
莉の香
莉の香
(また、先生の違う顔……)
莉の香
莉の香
(いったいどの先生が、
ほんとの先生なの……?)
紫崎
紫崎
では、行こうか
莉の香
莉の香
どこへ?
紫崎
紫崎
ランチを予約してある
紫崎
紫崎
この間は適当な店に入ったが、
白沢がけっこう食べられると
わかったからな
莉の香
莉の香
大食いって
言いたいんですか?
紫崎
紫崎
まさか
紫崎
紫崎
お前くらいの歳の頃は、
腹が減るものだろう?
* * * * * *

【ターミナルビル:飲食店の外】
ランチをとった店の外で莉の香は、支払いを終えて出てきた紫崎にぺこりと頭を下げた。
莉の香
莉の香
先生、ご馳走さまでした。
すごく、美味しかったです
莉の香
莉の香
本当に払っていただいて
いいんですか?
紫崎
紫崎
お前の食べる姿を見て、
俺が目の保養をしたんだ
紫崎
紫崎
代金ぐらいもってやらないと、
罰が当たるからな
莉の香
莉の香
目の保養って……
紫崎
紫崎
理想的に好みの女が、
俺の選んだ料理を食べて
美味いと喜んでる……
紫崎
紫崎
俺の疲れた目には、
最高の癒しになったさ
莉の香
莉の香
……っ
紫崎
紫崎
なんだ、照れてるのか
莉の香
莉の香
照れて、なんか……っ
紫崎
紫崎
そういうところも可愛いぞ
微笑んだ紫崎は右手を伸ばし、莉の香の頭をぽんぽんと撫でた。
莉の香
莉の香
〜〜……っ
莉の香
莉の香
(もうやめて、恥ずかしいよ〜〜)
莉の香は俯いて、自らの靴の先を見つめる。
莉の香
莉の香
(こんなに甘いことばかり
言うなんて、先生……)
莉の香
莉の香
(私のことが好き……

なんだよね?)
まだ俯いたまま、瞳だけで紫崎を伺った。
彼は相変わらず、どこか余裕ありげな笑みを浮かべている。
莉の香
莉の香
(でも、理想と好きって
違う気がする……)
莉の香
莉の香
あ、あの、先生!
紫崎
紫崎
なんだ?
莉の香
莉の香
……っ
莉の香
莉の香
あ、あの……、
先生は、私の……
莉の香
莉の香
(私のこと)
喉の奥から、言葉が出かかっている。
けれど。
莉の香
莉の香
私……と……
莉の香
莉の香
どうして私と会うんですか?
口をついて出たのは、違う言葉だった。
紫崎
紫崎
……理想だから、
だと言っただろう?
莉の香
莉の香
言いました、けど……
紫崎
紫崎
……
紫崎はわずかに瞳をめぐらせ、それから軽くため息をついた。
紫崎
紫崎
……そうだな。話しておくべきか
莉の香は息を呑んで、紫崎の次の言葉を待つ。
紫崎
紫崎
俺が黒髪ロングフェチなのは
もう話したな
莉の香
莉の香
はい
紫崎
紫崎
それは……香子こうこの存在が
あったからなんだ
莉の香
莉の香
香……子、……さん?
紫崎
紫崎
ああ
紫崎
紫崎
白沢も、香子のように美しい
黒髪の持ち主だからな
紫崎
紫崎
髪を下ろした白沢の美しい姿を
見てみたいと……、
ずっと思っていたんだ
莉の香
莉の香
……
莉の香
莉の香
先生、私の名前覚えて
なかったですよね?
紫崎
紫崎
あれは芝居だ
紫崎
紫崎
教師の俺が生徒に惹かれている
なんて……、とうてい
認めがたかったものだからな
莉の香
莉の香
……
莉の香
莉の香
(香子さんて人に似てるから、
先生は私のことが
気になったんだ……)
莉の香
莉の香
……先生、香子さんは今は?
紫崎
紫崎
今はいない
莉の香
莉の香
莉の香は驚きの声を呑み込んだ。
だが、おそらく。
莉の香
莉の香
(亡くなったんだ——)
香子という女性は、おそらくは紫崎の過去の恋人なのだろう。
つまり莉の香を通して紫崎は、亡き恋人の幻影を見ているのだ。
——莉の香本人を、好きになってくれたわけではなかったのだ。
莉の香
莉の香
(胸が痛い……)
莉の香はきゅっとくちびるを噛み、両てのひらを握りしめる。
紫崎
紫崎
白沢?
俯いたままの莉の香に、紫崎が声をかける。
莉の香は。
莉の香
莉の香
(……私、先生のことが)
莉の香
莉の香
——っ
莉の香
莉の香
(好きなのに)
莉の香
莉の香
(……好きになっちゃったのに!!)
目尻が熱を持ち、涙がにじみそうになる。
莉の香は慌てて背を向けると、なるべく明るい声をこころがけ、紫崎に告げる。
莉の香
莉の香
先生、私、用事を思い出したので
帰ります!
紫崎
紫崎
白沢?
莉の香
莉の香
さようなら!!
そのまま駆け出し、人の波を縫って走り抜ける。
紫崎が追ってきたのかどうかは、わからなかった。
莉の香は一度も振り返ることなくビルを出て、駅から電車に乗り込んだのだった——。

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