第10話

横恋慕も楽じゃないんです
4,806
2019/08/04 04:09
【ショッピングセンター:フードコート】
日曜、多くの若者や家族連れで賑わうショッピングセンター。
併設のシネコンで映画を鑑賞した黄瀬きせ莉の香りのかは、遅い昼食をとるためフードコートへとやってきた。
黄瀬
黄瀬
この席にしようぜ
黄瀬はブリトーとポテト、ドリンクのセットを、莉の香はチュロスとドリンクを買ってから席につく。
黄瀬
黄瀬
白沢しらさわ、それで足りるのか?
莉の香
莉の香
うん
この頃、食欲を感じないのだ。
黄瀬
黄瀬
足りなかったら俺のポテト、取っていいからな?
莉の香
莉の香
うん、ありがとう
黄瀬が食べ始めたので、莉の香も黙ってチュロスを口に運ぶ。
周りが賑やかなので沈黙は気にならないが、ここが静かなカフェであったら気まずいのかもしれない。
黄瀬
黄瀬
白沢、映画どうだった?
黄瀬が食べる手をとめて口を開く。
莉の香
莉の香
うん。面白かったよ
黄瀬
黄瀬
ああ、クライマックスの
アクション、かっこよかった
よな!
黄瀬
黄瀬
……って、ごめん。

女子はこういうの、興味ないか
莉の香
莉の香
別に、そんなこともないけど……
黄瀬
黄瀬
……
莉の香
莉の香
……
会話を続けられない。
黄瀬の困っている気配が伝わってくるが、今の莉の香には外面を取り繕ってなごやかに会話をするのは、とても難しいことだった。
黄瀬
黄瀬
うん、美味い
莉の香が喋らないので、黄瀬は食事を再開した。
莉の香
莉の香
(黄瀬くん、ごめんね)
莉の香もまたチュロスを囓りつつ、味のわからないままにドリンクで流し込んだのだった。
* * * * * *

【駅のホーム】
黄瀬
黄瀬
……
莉の香
莉の香
……
電車を待つ間も、ふたりの間に会話はない。
気まずい沈黙が場を支配していた。
黄瀬
黄瀬
……白沢
沈黙を破り、先に口を開いたのは黄瀬だった。
黄瀬
黄瀬
別れよう、俺たち
莉の香
莉の香
……え?
莉の香は驚いて黄瀬を見る。
彼は、痛みを堪えるような表情をしていた。
黄瀬
黄瀬
好きな子が、自分と一緒にいて
ずっと辛い顔してるなんて……
黄瀬
黄瀬
……俺には、耐えられない
莉の香
莉の香
……っ、
ごめん、黄瀬くん
莉の香は息を呑み、黄瀬に謝った。だが。
黄瀬
黄瀬
謝るなよ、白沢
黄瀬
黄瀬
謝られたら、俺……
みじめじゃんか
黄瀬の声音には自嘲がにじんでいる。
莉の香
莉の香
……
黄瀬
黄瀬
白沢、俺たち……
黄瀬がぎゅっと瞼を閉じ、わずかに天を仰いた。
そして。
黄瀬
黄瀬
俺たち、『付き合った』から
莉の香
莉の香
え?
黄瀬
黄瀬
俺、やっぱ歩いて帰るわ。

……白沢、またな
黄瀬はすばやく身をひるがえすと、ホームの階段を降りてゆく。
莉の香
莉の香
……
莉の香
莉の香
(……黄瀬くん)
莉の香
莉の香
(私たち、『付き合った』
ってことは……)
保健室で、黄瀬の言った言葉が脳裡に蘇る。
  『白沢。俺と付き合うんだ。
   そうしたら俺は、見なかったことに
   してやる』
莉の香
莉の香
(黄瀬くんは)
黄瀬は自らの出した条件を、莉の香が達成したと言っているのだ。
つまり紫崎しばさきとのことは、これからも黙っていてくれるという宣言だろう。
莉の香
莉の香
……
莉の香
莉の香
(ありがとう、黄瀬くん)
莉の香
莉の香
(黄瀬くんは、
すごくいい人……)
莉の香
莉の香
(……でも)
莉の香
莉の香
(でも、私が好きなのは——)
莉の香は瞳を閉じ、軽く息を吸い込んだ。
丁度、家の方角へ向かう電車がホームへ滑り込んでくる。
莉の香
莉の香
(私が好きなのは……)
莉の香
莉の香
(先生——なんだ)
やがて瞳を開いた莉の香は、迷いなく踵を返し、反対側のホームに並び直した。
そして、紫崎とデートをした御津原みつはら駅へと向かう電車を待ったのだった。

プリ小説オーディオドラマ