【ショッピングセンター:フードコート】
日曜、多くの若者や家族連れで賑わうショッピングセンター。
併設のシネコンで映画を鑑賞した黄瀬と莉の香は、遅い昼食をとるためフードコートへとやってきた。
黄瀬はブリトーとポテト、ドリンクのセットを、莉の香はチュロスとドリンクを買ってから席につく。
この頃、食欲を感じないのだ。
黄瀬が食べ始めたので、莉の香も黙ってチュロスを口に運ぶ。
周りが賑やかなので沈黙は気にならないが、ここが静かなカフェであったら気まずいのかもしれない。
黄瀬が食べる手をとめて口を開く。
会話を続けられない。
黄瀬の困っている気配が伝わってくるが、今の莉の香には外面を取り繕ってなごやかに会話をするのは、とても難しいことだった。
莉の香が喋らないので、黄瀬は食事を再開した。
莉の香もまたチュロスを囓りつつ、味のわからないままにドリンクで流し込んだのだった。
* * * * * *
【駅のホーム】
電車を待つ間も、ふたりの間に会話はない。
気まずい沈黙が場を支配していた。
沈黙を破り、先に口を開いたのは黄瀬だった。
莉の香は驚いて黄瀬を見る。
彼は、痛みを堪えるような表情をしていた。
莉の香は息を呑み、黄瀬に謝った。だが。
黄瀬の声音には自嘲がにじんでいる。
黄瀬がぎゅっと瞼を閉じ、わずかに天を仰いた。
そして。
黄瀬はすばやく身を翻すと、ホームの階段を降りてゆく。
保健室で、黄瀬の言った言葉が脳裡に蘇る。
『白沢。俺と付き合うんだ。
そうしたら俺は、見なかったことに
してやる』
黄瀬は自らの出した条件を、莉の香が達成したと言っているのだ。
つまり紫崎とのことは、これからも黙っていてくれるという宣言だろう。
莉の香は瞳を閉じ、軽く息を吸い込んだ。
丁度、家の方角へ向かう電車がホームへ滑り込んでくる。
やがて瞳を開いた莉の香は、迷いなく踵を返し、反対側のホームに並び直した。
そして、紫崎とデートをした御津原駅へと向かう電車を待ったのだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。