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第1話

2,998
2018/06/30 21:18
並みの顔、並みの身長、並みの体力
売り上げも並み程度の小説家で、大した取り柄のない私
これは、そんな私が、命がけで日本を守る一人のとある男性に恋をするお話
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チリン,チリン…
店先のベルが新たな客の訪れを知らせる
安室透
いらっしゃいませ、
一人の男が、愛想笑いを浮かべた
私は思わず見惚れてしまう
愛嬌のある穏やかな微笑みは、全世界の女性を落とすためのそれだった
安室透
お好きな席へどうぞ
その男は、自らの指先を店内に向ける
誘惑されているかのように足を踏み入れた私は、ここに来た目的などもはや忘れていた
安室透
ご注文が決まりましたらまたお呼びください
あなた

はい…
あ、あの、オススメってありますか…?

安室透
そうですね…
…あ、何か、締め切りなどが迫っているんですか?それ、パソコン用のバックですよね?
男の視線は私の左手を向いている
突然の質問に困惑した
それと同時に、今日は今月締切の原稿を書きに来たということを思い出した
あなた

あ、いや…小説が…

安室透
小説家なんですか!?
あなた

ん、まぁ、一応…

安室透
すごい…!!
集中したいようであれば、こちらがオススメですよ
そう言って男は、メニューの下の方にあるレモンティーを指した
あなた

じゃ、じゃあ、これで…

安室透
かしこまりました
執筆、頑張ってくださいね
あなた

はい…

それからはもう、目が離せなかった
締め切りが迫っているということは頭では分かっていても、手がなかなか動かない
結局、レモンティーが運ばれてくるまでの数分間は、一文も書くことが出来なかった
安室透
はい、どうぞ
コトン…
その音が私のやる気スイッチを押した
私はレモンティーを一口飲む
レモンの酸味が口一杯に広がり、その後にほどよい甘さが通りすぎていった
あなた

(美味しい…)

それから私はパソコンの画面と向き合い、執筆を始めた
面白いほどに文章が浮かんでくる
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6章を書き終えたところで私は手を止めた
あなた

(今日はここまででいいか…)

私はうんと背筋を伸ばす
ずっと画面とにらめっこをしていたので、肩がすごく痛い
安室透
終わりましたか?お疲れ様です
これ、よかったら食べてください
彼は、テーブルにコーヒーとともに小さいケーキを置いた
あなた

これは…?

安室透
新メニューのモンブランです
疲れているような感じだったので、甘いものがいいかと…
あなた

あ、ありがとうございます

私はそのモンブランを一口食べた
栗の甘味が私の疲れを癒す
あなた

お、美味しい…!!

思わず目を見開く
安室透
喜んでもらえてなによりです
あっという間に私はモンブランを平らげた
パソコンを片付けて、レジへと向かう
安室透
あぁ~、モンブランとコーヒーのお代はいいでよ
僕が勝手に作っただけなので
あなた

で、でも…

安室透
僕からのプレゼントってことで…
ね?
彼が片目を瞑る
あなた

(ドキッ…//)わ、分かりました…ありがとうございます
あの、また来てもいいですか…?

安室透
もちろん!!
次のお越しをお待ちしています
にっこりと無防備な笑顔を見せている彼に、私は無意識に名前を訊いていた
安室透
名前、ですか…
…とおる、『安室 透』といいます
あなた

安室、さん…

安室透
はい
彼――――安室さんは、まるで赤ん坊を見守る母親のようにふんわりと微笑んだ
私もつられて笑ってしまう
あなた

(不思議な人だ…)

安室透
ほら、早くしないと、電車に間に合いませんよ
あなた

本当だ…!
あ、あの、今日はありがとうございました!!

私は思いきりお辞儀をする
なぜ電車だと分かったのか、疑問に思ったがそれどころではなかった
スマホで時間を確認すると、私が乗る予定の電車の発車15分前だった
安室透
いえ、こちらこそ
…貴女、『あなた』さんでしょう?大好きな作家さんに出会えるなんて、この上ない幸せですよ
あなた

……!?

驚きすぎて言葉にならなかった
何か返したかったが、時間がなくて会釈をするだけで終わってしまった
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ポアロを出たあと、私は全力で走った
あなた

(はぁ、はぁ…間に合うかな…?)

疲れてはいるが、足取りは軽かった
あなた

(…ああ、そうだ。この言葉が欲しくて今まで頑張ってきたんだ。中々売れなくて、辛くても、『大好きな作家』。その一言が欲しかったんだ…。)

私は少しにやける
あなた

(ちょっとだけ、あまり負担がかからない程度に、もっと頑張ってみよう…)

駅の西口を通り、改札へと向かう
あなた

(なんかこれは、大丈夫な気がする…!)

宛もない自信とともに、私は改札を抜けた
ぎりぎりのところで電車に乗り、一度大きく深呼吸をした
私の人生は、ここから大きく変わっていったのだった

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