第9話

全部ぶつけてしまいたかった
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2021/11/24 04:00


 本鈴が鳴り響く中、私はトイレから出てこない沙月さつきをずっと待っていた。

 すすり泣く声を聞き続けるのはとても辛くて、もう耳をふさいでしまいたい。


柴野 由菜
柴野 由菜
(江川の言ってたことは、……別に間違いじゃない)
柴野 由菜
柴野 由菜
(けど、傷ついてる今選択を強いていい結果につながる?)
柴野 由菜
柴野 由菜
(それとも、私が臆病おくびょうなだけ?)


 けど、でも、そんな風にぐるぐると繰り返し考えて、私は頭がおかしくなってしまいそうだった。



 いつの間にか泣き声は止んでいて、中から沙月が出てきた。

東雲 沙月
東雲 沙月
ごめんね、由菜ゆなちゃん。ずっと待っててくれたんだよね?


 沙月のまぶたは赤く腫れ、頬には涙の跡が残っている。

柴野 由菜
柴野 由菜
そんなの気にしないでいいから。それより、今日はもう家に帰る?
東雲 沙月
東雲 沙月
うぅん、……教室に戻る。弘桜ひろはるくんに、謝らないと
柴野 由菜
柴野 由菜
あんな奴もういいよ
東雲 沙月
東雲 沙月
そんな風に思わないで。私のために言ってくれたことなんだから
柴野 由菜
柴野 由菜
……じゃあ、1限目が終わったら行こうか
東雲 沙月
東雲 沙月
そうだね、今行ったら先生が驚いちゃう
柴野 由菜
柴野 由菜
……やっぱり、先生には言わないの?
東雲 沙月
東雲 沙月
うぅん、今日の放課後話してみようと思うの。それで……、由菜ちゃんと弘桜くんに一緒にいてほしいんだけど、良いかな?
柴野 由菜
柴野 由菜
いいよ。3人で行こう
東雲 沙月
東雲 沙月
ありがとう、由菜ちゃん


 終鈴が鳴り、私達は先生が教室から出ていったのを見て中に入った。

 けど、教室に江川の姿はなかった。

東雲 沙月
東雲 沙月
弘桜くんいないね
柴野 由菜
柴野 由菜
トイレでも行ってるんじゃない?
東雲 沙月
東雲 沙月
じゃあ、また次の休み時間にしようかな。私席に戻ってるね


 沙月が席につくと心配した男子たちが周りを囲んだ。

 それがいじめられる原因だろうけど、今は、女子達との壁になっていいかもしれない。

柴野 由菜
柴野 由菜
(授業受けて少し頭を落ち着かせよう)


 結局、江川の言葉はちゃんと沙月に届いて、いい方向へと進ませた。

柴野 由菜
柴野 由菜
(感情的になった私が、いけなかったかな。私も謝らないと)
東雲 沙月
東雲 沙月
痛っ!


 何が起きたのか沙月の方を見るけど、慌てている男子たちが邪魔で何もわからない。


 私は男子を押し退けて、沙月の下に駆け寄った。

柴野 由菜
柴野 由菜
どうしたの? こいつらになにかされたの?
東雲 沙月
東雲 沙月
違うの、大丈夫。何か机の中に入ってたみたいで


 沙月の手には切れた跡があり、赤い血が1滴流れ落ちていく。

 屈んで机の中を見ると、教科書の隙間に剥き出しのカッターの刃が差し込まれていた。

柴野 由菜
柴野 由菜
(……落ち着け)


 今なら江川が言ってた意味がわかる。

 ここで感情的になったら、相手の思うツボだ。

柴野 由菜
柴野 由菜
沙月、保健室に行こう
東雲 沙月
東雲 沙月
う、うん


 沙月の肩を抱いて教室を出ようとすると、ちょうど廊下から入ってきた江川と鉢合わせる。

 私達の様子、沙月の傷ついた手を見た彼は、今にも誰かに殴りかかりそうな恐ろしい面持ちになってしまう。

江川 弘桜
江川 弘桜
誰がやったの?
東雲 沙月
東雲 沙月
……
柴野 由菜
柴野 由菜
わからない。けど、今はそんなのどうでもいい。早く手当しないと


 私の言葉に、驚いた表情の江川はいったん目を閉じて深呼吸をすると、すぐにいつもの爽やかな笑顔を見せる。

江川 弘桜
江川 弘桜
そうだね。俺もついていくよ


 3人で教室を出ていこうとすると、後ろからあの嫌らしい笑い声がいくつも聞こえてきた。

女子1
大袈裟なのよ


 そのうちの一人が、はっきりと聞こえる声でそう言った。



 何かがはち切れたような感覚と共に、私は沙月を江川に預けて、その女子の横に立つ。

女子1
無愛想女がなんのーー


 言葉を聞くつもりなんてない。私はその子の机を誰もいない方へと蹴り飛ばした。

 大きな音を立てて倒れる机を見て青ざめた女子は、噛みつくように叫び始める。

女子1
なにすんのよ!? 当たったら怪我するじゃない!!
柴野 由菜
柴野 由菜
怪我もしてないのにギャンギャン吠えて、あんたの方こそ大袈裟なんだよ


 教室中が静まり返り、みんなの視線が私に刺さる。

 けど、そんなことどうでもいい。それよりも、今は怒りが収まらない。


 今まで思っていた不満も、疑問も、悩みも、全部を叫んでぶつけてしまいたい。

柴野 由菜
柴野 由菜
なんでっ……!
江川 弘桜
江川 弘桜
由菜! わかったから、それは俺が後で聞く
柴野 由菜
柴野 由菜
(また止める……。けど、ちゃんとわかってるよ。周りからどう思われたって構わない私を、江川は心配してくれてる)
柴野 由菜
柴野 由菜
(わかってる。……わかってるけど)
先生
おい、何だ今の音!? って、何してんだ!!



 駆けつけた先生によって、またその場の空気が固まった。


 そして、威勢を取り戻した女子達が一斉に喋りだす。


女子1
柴野さんが私の机を蹴ったの!!
女子2
そう! それで怯えてるの見て、怪我もしてないのに大袈裟だって!
先生
柴野、本当か?
柴野 由菜
柴野 由菜
はい、……けど
江川 弘桜
江川 弘桜
先生、俺から説明させてください
江川 弘桜
江川 弘桜
まず、大前提として東雲さんが大勢の女子からいじめを受けています
女子3
そんなの嘘です!
先生
黙って聞きなさい。
それで?




 江川が全てを先生に話し、周りの男子や沙月がそれを肯定したことで信じてもらえた。

 先生は授業を自習にし、私達3人と女子全員を生徒指導室に呼んだ。


 その前に、沙月の傷の手当のため、今は2人で保健室に来ている。

柴野 由菜
柴野 由菜
沙月、ごめん。……こんな大事にしちゃって
東雲 沙月
東雲 沙月
大丈夫! ……ではなかったかな


 笑顔で「大丈夫」そう言ってから、彼女は俯いてそれを否定した。

東雲 沙月
東雲 沙月
少し怖かったし、驚いちゃった。私のせいでこんなことになっちゃって……、どうしようって思った
柴野 由菜
柴野 由菜
うん、本当にごめん
東雲 沙月
東雲 沙月
うぅん! 由菜ちゃんはかっこよかったよ! 私は気持ちを言わずに飲み込んじゃう癖があるから……、私の代わりに怒ってくれてすごく嬉しかった!
柴野 由菜
柴野 由菜
本当に?
東雲 沙月
東雲 沙月
うん! ……私、やっぱりずるいの。由菜ちゃんが怒ってくれて、少しね……スッキリしちゃった
柴野 由菜
柴野 由菜
ふふっ、ズルくないよ。今まで我慢してたんだから、それくらい大丈夫








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