本鈴が鳴り響く中、私はトイレから出てこない沙月をずっと待っていた。
すすり泣く声を聞き続けるのはとても辛くて、もう耳をふさいでしまいたい。
けど、でも、そんな風にぐるぐると繰り返し考えて、私は頭がおかしくなってしまいそうだった。
いつの間にか泣き声は止んでいて、中から沙月が出てきた。
沙月のまぶたは赤く腫れ、頬には涙の跡が残っている。
終鈴が鳴り、私達は先生が教室から出ていったのを見て中に入った。
けど、教室に江川の姿はなかった。
沙月が席につくと心配した男子たちが周りを囲んだ。
それがいじめられる原因だろうけど、今は、女子達との壁になっていいかもしれない。
結局、江川の言葉はちゃんと沙月に届いて、いい方向へと進ませた。
何が起きたのか沙月の方を見るけど、慌てている男子たちが邪魔で何もわからない。
私は男子を押し退けて、沙月の下に駆け寄った。
沙月の手には切れた跡があり、赤い血が1滴流れ落ちていく。
屈んで机の中を見ると、教科書の隙間に剥き出しのカッターの刃が差し込まれていた。
今なら江川が言ってた意味がわかる。
ここで感情的になったら、相手の思うツボだ。
沙月の肩を抱いて教室を出ようとすると、ちょうど廊下から入ってきた江川と鉢合わせる。
私達の様子、沙月の傷ついた手を見た彼は、今にも誰かに殴りかかりそうな恐ろしい面持ちになってしまう。
私の言葉に、驚いた表情の江川はいったん目を閉じて深呼吸をすると、すぐにいつもの爽やかな笑顔を見せる。
3人で教室を出ていこうとすると、後ろからあの嫌らしい笑い声がいくつも聞こえてきた。
そのうちの一人が、はっきりと聞こえる声でそう言った。
何かがはち切れたような感覚と共に、私は沙月を江川に預けて、その女子の横に立つ。
言葉を聞くつもりなんてない。私はその子の机を誰もいない方へと蹴り飛ばした。
大きな音を立てて倒れる机を見て青ざめた女子は、噛みつくように叫び始める。
教室中が静まり返り、みんなの視線が私に刺さる。
けど、そんなことどうでもいい。それよりも、今は怒りが収まらない。
今まで思っていた不満も、疑問も、悩みも、全部を叫んでぶつけてしまいたい。
駆けつけた先生によって、またその場の空気が固まった。
そして、威勢を取り戻した女子達が一斉に喋りだす。
江川が全てを先生に話し、周りの男子や沙月がそれを肯定したことで信じてもらえた。
先生は授業を自習にし、私達3人と女子全員を生徒指導室に呼んだ。
その前に、沙月の傷の手当のため、今は2人で保健室に来ている。
笑顔で「大丈夫」そう言ってから、彼女は俯いてそれを否定した。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。