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第1話

友達なんていらない
9,632
2021/09/29 04:00
女友達1
由菜ゆなってさー、男好きだよね
女友達2
わかるー! なんか媚びてるよね! 気持ちわるーい


 放課後、仲良しの女の子たちがそんな話をしていて、私は教室の外で立ちすくんでいた。

柴野 由菜
柴野 由菜
(たしかに、男子のノリは面白くて好きだし、話しやすいからよく一緒にいるけど……。媚びるとか、そんなことしてないのに……)


 次の日からその子達に無視をされ、いじめられるようになってしまった。

 仲良しだと思っていただけに、それはとても衝撃的しょうげきてきで、悲しさと苛立ちで心がぐちゃぐちゃにかき乱された。



 そんな中学生活を抜け出し、高校に入学して2週間が経つ。

副委員長
あのー……、柴野しばのさん。一昨日配られた選択教科のプリントを集めたいんだけど、もう記入し終えてるかな?
柴野 由菜
柴野 由菜
ん、ありがとう、副委員長
副委員長
あ、うぅん。……ありがとう


 私はもう友達が欲しいなんて思えず、極力クラスメイトとの会話を避けている。

 そうしていたら自然と人は離れていった。あるとしたら、今のような事務的な会話だけ。

柴野 由菜
柴野 由菜
(少し寂しいけど、もうあんな風にはなりたくないし……)


 他人との距離感なんてこれくらいが丁度いいのかもしれない。

 今日も1日、憂鬱ゆううつでつまらないけど平穏な時間をなんとなく過ごすんだろう……、そう思っていたのに。

江川 弘桜
江川 弘桜
柴野さん、ちょっといい?


 爽やかな笑顔を浮かべて話しかけてきたのは委員長の江川弘桜えがわ ひろはるだった。

 入学してまだそれほど経っていないのに、彼は「爽やか笑顔のイケメン委員長」とクラス内で人気が高い。話したくない男子No.1 だ。

柴野 由菜
柴野 由菜
……選択教科のプリントならさっき――
江川 弘桜
江川 弘桜
あ、それじゃなくてね。……柴野さんって、好きな食べ物ある?
柴野 由菜
柴野 由菜
……は?
江川 弘桜
江川 弘桜
好きな食べ物ない? じゃあ、嫌いな食べ物は?
柴野 由菜
柴野 由菜
(急に何なの?)
江川 弘桜
江川 弘桜
柴野さーん?
柴野 由菜
柴野 由菜
……ラーメンが好き。生クリームは嫌い
江川 弘桜
江川 弘桜
じゃあ、好きな色は?
柴野 由菜
柴野 由菜
江川 弘桜
江川 弘桜
へぇー! だから青い筆箱なんだ。じゃあ、次は……好きな言葉とか?
柴野 由菜
柴野 由菜
……平穏
江川 弘桜
江川 弘桜
あ、それは俺も好きだよ


 誰にでも分けへだてなく接する良い人のようで、無視をするのは気が引けてしまう。だからと言って仲良くはなりたくない。私はただ質問に答えて、委員長が飽きてくれるのを待っていた。

 けど、話の広がらない答えや薄い反応を返しても、委員長は笑顔を崩さない。楽しい要素なんてないと思うけど、それでも彼はまた次の質問を考えている。

柴野 由菜
柴野 由菜
こんなの、なにが面白いの?
江川 弘桜
江川 弘桜
あぁ、ごめんね。おかしくて笑ってるわけじゃないよ。
柴野さん、意外とかわいいんだなぁと思って
柴野 由菜
柴野 由菜
はぁ!?


 あまりにも予想外な答えに、私は思わず声を上げてしまった。

 それに驚いたクラスメイト達の視線が刺さるが、私はそのまま委員長を睨み付ける。

柴野 由菜
柴野 由菜
(なに!? 今の会話のどこにかわいいなんて思えるとこがあった!?)
江川 弘桜
江川 弘桜
ははっ、「なにいってんの?」って顔してるね
柴野 由菜
柴野 由菜
……
江川 弘桜
江川 弘桜
柴野さんいつも1人だから人と関わるの嫌いなのかなって思ってたんだ。
けど、誰に対しても無視はしないし、俺の質問にはちゃんと答えてくれたよね。……あとそれ


 そう言って委員長が指したのは私の筆箱だった。

 キーホルダーを1つ付けているだけの青いシンプルな筆箱。

江川 弘桜
江川 弘桜
そのキーホルダー、今女子に人気のゆるキャラだよね
柴野 由菜
柴野 由菜
……そうかもね
江川 弘桜
江川 弘桜
そういうの好きなあたりも第一印象よりかわいい人だなぁって


 委員長は綺麗な笑顔を浮かべている。けど、私にはそれがからかって楽しんでいるようにも見えた。

柴野 由菜
柴野 由菜
そのっ……!!
柴野 由菜
柴野 由菜
(可愛いって何度も言うのやめてよ!!)


 そう言ってやりたかったけど、さっきのこともあってクラスメイト達の視線はすでに私達に集まっている。

 どう思われようと構わないけど、注目を浴びるのは避けたい。

 私は言葉を飲み込んで静かに席から立ち上がった。

 しかし、委員長が私の腕を掴んで離れることを許さない。

江川 弘桜
江川 弘桜
ねぇ、俺と友達にならない?
柴野 由菜
柴野 由菜
こんな風にからかわれて友達になるわけないでしょ
江川 弘桜
江川 弘桜
からかってないよ。本当にそう思ってるから言っただけ
柴野 由菜
柴野 由菜
もういいから。その笑顔が胡散臭すぎて信用できないし、友達は無理
江川 弘桜
江川 弘桜
……えー、けど、柴野さんのこと気に入っちゃったんだよね


 委員長は掴んでいた私の腕を離すと、素早く手を取り握手をした。

江川 弘桜
江川 弘桜
これからよろしくね。柴野さん


 私は彼の手を振り解いて、目をじっと見つめる。

柴野 由菜
柴野 由菜
本当にやめて。絶対友達にはならないから


 そう言って、私は一度落ち着くために教室を出る。

柴野 由菜
柴野 由菜
(はっきり言ったし、大丈夫だと思うけど。
はぁー、……悪いことしたか?)


 私はため息を漏らして、用もないお手洗いへと向かった。







江川 弘桜
江川 弘桜
ははっ、不思議な子だなぁ







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