第2話

学級委員のお手伝い
4,413
2021/10/06 04:00


 帰りのSHRが終わり、私は昇降口が空くのを教室で待っていた。

江川 弘桜
江川 弘桜
あ、柴野さんいた! ちょっと手伝いを頼めないかな? 新入生宿泊研修のしおりを作らないといけないんだけど


 委員長は大量のプリントを持って教室に入ってくると、それを机に置いて私を拝むように両手を合わせる。


 けど、私はそれが素直に信用できなかった。これも何か企みのうちなのか、と勘ぐってしまう。

柴野 由菜
柴野 由菜
……なんで私が――
東雲 沙月
東雲 沙月
柴野さん、お願い!


 そう言って深く頭を下げたのは、副委員長の東雲沙月だった。

東雲 沙月
東雲 沙月
ごめんなさい。実は私のミスでしおりの完成が遅れちゃいそうなの。けど、明日配る予定で……
柴野 由菜
柴野 由菜
(なるほど、本当に困ってるってことね。……それなら、仕方ないし)
柴野 由菜
柴野 由菜
わかった。手伝うからそんなに落ち込まないで。何をすればいいの?
東雲 沙月
東雲 沙月
え……、あ、ありがとう!!


 東雲さんは可愛い大きな目を見開くと、幸せそうに顔を綻ばせる。

柴野 由菜
柴野 由菜
(……そんなに喜ぶようなこと言ってないよね?)
江川 弘桜
江川 弘桜
柴野さん、じゃあ、これ! まだ残りのページもあるから、ホチキス留めは後で! 詳しい説明は東雲さんから聞いて!


 委員長は私にプリントの束を託して忙しそうに教室を出ていった。

柴野 由菜
柴野 由菜
副委員長、それで私は何を……


 渡されたプリントに視線を下すと、そこには1枚の付箋ふせんが張られていた。

 「仲良くなるチャンスだと思ったんだ。すぐ戻ってくるから帰らないでね」と書かれている。

柴野 由菜
柴野 由菜
(……もう帰るか)
東雲 沙月
東雲 沙月
柴野さん、どうしたの?
柴野 由菜
柴野 由菜
うぅん、なんでもないよ(ダメだ。手伝わなきゃ)


 私は慌てて付箋を取り外し、丸めてポケットにしまう。

柴野 由菜
柴野 由菜
それで、これをどうすればいいの?
東雲 沙月
東雲 沙月
まずは、小さい数字のページを左にしてこの向きで2つ折り。それでページ数を確認しながら重ねていくの


 説明を受けた後は2人で黙々と作業を進めていった。たまに視線が合うと、副委員長は嬉しそうに微笑みかけてくる。

 清楚せいそ謙虚けんきょな彼女は、委員長と同じくクラスの人気者だ。男子ともよく話していて、接しやすいという評判をよく耳にする。

柴野 由菜
柴野 由菜
(人気者2人に囲まれて嫉妬でもされたらどうしよう。……最悪だな)


 だからと言って、今更見て見ぬ振りもできない。

 考えないようにして地道な作業を続けていると、残りのプリントを持って委員長が帰ってきた。

江川 弘桜
江川 弘桜
印刷終わったよー。後はこれで37人分のしおりを作るだけ!
柴野 由菜
柴野 由菜
……それ、3人でもきつくない?
江川 弘桜
江川 弘桜
うん、だから部活行ってる人達にも声かけてきた。早めに抜けて手伝いに来てくれるって
東雲 沙月
東雲 沙月
江川くん、本当にありがとう! ……ごめんね、私がプリントをなくしちゃったから、こんな
江川 弘桜
江川 弘桜
気にしないで。頑張って作って明日皆に配ろう!
東雲 沙月
東雲 沙月
うん、私頑張るね!!
柴野 由菜
柴野 由菜
(この量のプリントをなくすって……。まぁ、そういうこともあるか)


 2人も活気づいて作業を再開すると、教室のドアが開いて男子1人と女子3人が入ってきた。

男子1
弘桜、手伝い来たよー。ついでに、途中で女子見つけたから連れてきたー
女子1
宿泊研修のしおりでしょー。あとどれくらいあんのー?
江川 弘桜
江川 弘桜
あぁ、ありがとう! それがまだ1冊もできてないんだよね
女子2
マジで!? 明日まででしょ? できんの?
江川 弘桜
江川 弘桜
手分けしてやれば終わる量だから大丈夫。できるとこまででいいから、お願いしていい?
女子3
もちろーん、そのために来たんだから!
江川 弘桜
江川 弘桜
ありがとう! 本当助かるよ
柴野 由菜
柴野 由菜
(委員長への人望すごいなー)
東雲 沙月
東雲 沙月
皆、本当にありがとう!


 副委員長がそう言うと、さっきまで元気いっぱいだった女子達が一瞬黙り込んだ。

男子1
……よーし、たくさん作って東雲さんにいいとこみせよっかなー!
東雲 沙月
東雲 沙月
そんな! アピールなんてしなくても、いつも明るくて場を盛り上げてくれるところ素敵だと思うよ
男子1
東雲さん! 見ろ女子! 少しは見習って俺を持ち上げろー!
女子1
はーい、作業するよー
男子1
無視が一番傷つくから!! ごめんて!


 男子がふざけたおかげでまた場は明るくなったけど、副委員長が喋っただけで女子のテンションは少し下がった気がする。

柴野 由菜
柴野 由菜
(もしかして、副委員長って女子には嫌われてる?)
江川 弘桜
江川 弘桜
あ、柴野さんそれもう完成する?
柴野 由菜
柴野 由菜
うん、あと2枚重ねてホチキスで留めれば完成
女子3
え!? 柴野さんいるの! わっ、本当だー!!
女子1
あたし柴野さんと話してみたかったんだよねー。隣いい?
江川 弘桜
江川 弘桜
ストップ、ストップ! その前にしおり作りの説明ね


 委員長は周りの机を合わせて作業場所を拡大し、私の隣に椅子を持ってきて座った。

江川 弘桜
江川 弘桜
柴野さん、それ説明用に使いたいからもらっていい? あとは完成させとくから
柴野 由菜
柴野 由菜
どうぞ
江川 弘桜
江川 弘桜
ありがとう!


 爽やかな笑顔が今日も輝いている。

 そして、それを見て顔がにやけている女子が3名。

柴野 由菜
柴野 由菜
(なんで私の隣に座るのか。……嫉妬されませんように)
東雲 沙月
東雲 沙月
柴野さん、本当にごめんね
柴野 由菜
柴野 由菜
え?


 副委員長は悲しそうに笑って俯き、手を止めずに作業をこなしていた。

 さっきの女子達の反応のことだろうか? 
 あれは明らかにおかしかった。こんなこと想像に過ぎないけど、彼女は中学の頃の私みたいに、いじめられているのかもしれない。少しそう思った。

 私の目から見て、副委員長は責任感があってしっかりしているし、気配りもできるように感じる。学校行事で使う大量のプリントを失くすというのは、少し違和感を感じていた。

柴野 由菜
柴野 由菜
(もしかして、プリントのこともいじめとか……。だから委員長はあんなに優しくしてたのかな)
柴野 由菜
柴野 由菜
なんのことかわからないけど、そんなに気にすることないんじゃない。大丈夫
東雲 沙月
東雲 沙月
……柴野さんは本当に優しいね。ありがとう
柴野 由菜
柴野 由菜
んー(委員長みたいにうまくフォローできないな)
女子2
ねー、柴野さんうちらとも話そーよー
柴野 由菜
柴野 由菜
ん(面倒くさっ)
女子1
そういえばこの前、弘桜くんと喧嘩でもしてたの?
柴野 由菜
柴野 由菜
喧嘩はしてないよ
江川 弘桜
江川 弘桜
好きなもの聞いてたんだよね
女子3
えー、柴野さんの好きなものってー? 気になるー!
江川 弘桜
江川 弘桜
柴野さんはねー、ゆるキャ――


 私は咄嗟に委員長の足を軽く踏みつけ、余計なことを言わないようにらみ付けた。

江川 弘桜
江川 弘桜
ははっ、柴野さんからNG出たからこれは2人だけの秘密かなー
柴野 由菜
柴野 由菜
(なんでこの男はそういう言い方を選ぶのか……)


 さらに睨みをきかせても、彼は満足気な笑みを向けてくる。

女子1
なにそれー! めっちゃ気になるじゃん!
男子2
江川、まだやってるー?
江川 弘桜
江川 弘桜
お、来てくれてありがとうー! まだまだ仕事あるよー
男子2
げー、それは嬉しくねぇよ




 更に人が増えていき、陽が沈み切る前にしおりは37人分完成した。


 クラスメイト達はそれぞれ帰っていき、私と委員長、副委員長で後片付けを終わらせた。

江川 弘桜
江川 弘桜
あとは明日皆に配るだけだね
東雲 沙月
東雲 沙月
うん! 本当に2人ともありがとう!
柴野 由菜
柴野 由菜
ん、じゃあ私もそろそろ帰る。おつかれー
東雲 沙月
東雲 沙月
あ、柴野さん! よかったら一緒に帰らない!? もう、……外も暗いし! 女の子1人だと危ないと思うの!
柴野 由菜
柴野 由菜
……んー、わかった(なんか、……これは懐かれた?)
江川 弘桜
江川 弘桜
じゃあ、3人で帰ろうか
東雲 沙月
東雲 沙月
そうだね。あ、私、教室のかぎを職員室に返してくるね! 先に昇降口に行ってて!
江川 弘桜
江川 弘桜
うん、ありがとう
柴野 由菜
柴野 由菜
(マジか。委員長と2人でいるのは嫌だな)


 何も言わずに昇降口の方へと歩きはじめると、委員長は横に並んでニコニコと笑っていた。

柴野 由菜
柴野 由菜
なに?
江川 弘桜
江川 弘桜
放課後にこうやってわいわいするのも楽しいでしょ?
柴野 由菜
柴野 由菜
……そんなの知ってる。けど、私は無理


 私は歩幅を大きくして、彼の顔を見ないようにした。



 あとで傷つくのはもう怖い。
 だから、誰とも仲良くなんてなりたくないんだ。


 「楽しい」がなくてもあの時よりは悲しくないから、私は今のままでいい。







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