第6話

1人の時間が好き
2,110
2021/11/03 04:00


 みんなが寝静まる中、疲れているにも関わらず、私の目は冴えていた。

柴野 由菜
柴野 由菜
(周りに人がいると眠れない……)


 常夜灯のわずかな灯りを頼りに、私は部屋を抜け出す。

 今日1日、クラスメイト達と行動を共にして多少会話をした。慣れない事で緊張はするし、適当な人付き合いも意外と疲れるものだとわかった。

柴野 由菜
柴野 由菜
(少し1人になりたい)


 最低限の電気しかついていない暗い廊下を抜けると、テーブルライトでほんのりと明るいロビーに辿り着く。

 柔らかそうなソファに座ろうと歩み寄ったが、そこには誰かの人影があった。

 その後ろ姿は私がよく知る彼で、思わず名前を呼んでしまう。

柴野 由菜
柴野 由菜
江川えがわ
江川 弘桜
江川 弘桜
ん? あぁ、柴野しばのさんか。どうしたの?


 振り向いた彼は、少しも爽やかな笑顔をしていなかった。

 アンニュイな雰囲気で、疲労の見える作り笑いを浮かべている。

柴野 由菜
柴野 由菜
変な顔
江川 弘桜
江川 弘桜
えぇ? 急に悪口?
柴野 由菜
柴野 由菜
無理して笑ってるから
江川 弘桜
江川 弘桜
あー、ごめん。誰も来ないと思ってたから、気抜けてた
柴野 由菜
柴野 由菜
なにそれ。いつも作り笑いしてんの?


 弱っていそうな江川を放っておけず、私は彼の隣に座った。

江川 弘桜
江川 弘桜
そうだよ。あんなにずっと心から笑顔の奴がいる方が珍しくない?
柴野 由菜
柴野 由菜
え、そうだけど。それやってる奴が言うと思わなかったわ
江川 弘桜
江川 弘桜
はぁー、……俺集団でいるのとか、友達付き合いって気を遣うから苦手なんだよね
柴野 由菜
柴野 由菜
心底意外だ
江川 弘桜
江川 弘桜
八方美人ってやつ。誰にでもよく見られたいから頑張ってるけど、本当は1人が好き
柴野 由菜
柴野 由菜
んー、邪魔してごめん
江川 弘桜
江川 弘桜
え? あぁ、別に柴野さんには気遣ってないから大丈夫
柴野 由菜
柴野 由菜
……は? それはそれでどうなの?
江川 弘桜
江川 弘桜
ははっ、こっわ


 お腹を抱えて笑っているその表情は、私には作り物には見えなかった。

柴野 由菜
柴野 由菜
今のは?
江川 弘桜
江川 弘桜
……ちゃんと楽しくて笑ってるよ。柴野さんと東雲さんといる時は割と自然体かな。自分でも不思議だけど
柴野 由菜
柴野 由菜
ふーん


 素直に嬉しい。
 よく思い出してみれば、たしかに初めて話した時より、色んな表情を見せてくれている。

 けど、それは一体いつからだっただろう?

 そういえば、そもそもなんで私に話しかけたのか聞いたことがない。

柴野 由菜
柴野 由菜
ねぇ、あの日なんで私に話しかけたの?
江川 弘桜
江川 弘桜
あー、あれは先生に相談されたから
柴野 由菜
柴野 由菜
なんて?
江川 弘桜
江川 弘桜
「柴野って浮いてるよな。委員長、頼んだぞ」って
柴野 由菜
柴野 由菜
適当だな
江川 弘桜
江川 弘桜
まぁ、その前から少し気になってたけどね
柴野 由菜
柴野 由菜
私なんかしたっけ?
江川 弘桜
江川 弘桜
いや、むしろ何もしてないから、かな。俺も東雲しののめさんみたいに、柴野さんに憧れてるんだ
柴野 由菜
柴野 由菜
あんたもか
江川 弘桜
江川 弘桜
俺は周りの目を気にしちゃうから。そんなの何とも思ってなさそうな所かっこいいよ。けど、友達にいじめられてそうなったんだから、柴野さんは辛い思いしてるんだよね。ごめん、勝手に
柴野 由菜
柴野 由菜
別にそれでムカついたりはしないけど、2人とも私のことを買い被っててむず痒い
江川 弘桜
江川 弘桜
うーん、過大評価してるわけじゃないよ。柴野さんが俺にはないものを持ってる人だから、羨ましいだけ
柴野 由菜
柴野 由菜
まぁいいや。それで納得しとく
江川 弘桜
江川 弘桜
ははっ、嫌嫌って感じだね。……そういえば、柴野さんはなんでこんな夜に?
柴野 由菜
柴野 由菜
今日1日楽しかったけど、疲れたから1人になりたかった
江川 弘桜
江川 弘桜
あー……、ってことは、もしかして俺のこと心配して話聞いてくれてた?
柴野 由菜
柴野 由菜
……まぁ少しは
江川 弘桜
江川 弘桜
ははっ、……なんだ、そっか。嫌われてるのかと思ってたけど、意外と大事にされてるんだ、俺


 照れくさそうに笑う江川を見たら、つられて私まで恥ずかしくなってしまう。

 たしかに最初は、わけのわからない奴がちょっかいを出してきたから、さっさと飽きろなんて思っていた。
 けど、悪い奴じゃないのはすぐにわかったし、話していて楽しい。

 もう、心配するくらいには情がわいている。

柴野 由菜
柴野 由菜
(一応、訂正したほうがいいのか? 友達になりたくないって言ったこと……)
柴野 由菜
柴野 由菜
(いや、けど今は恥ずかしくて無理だ。でも、なんの流れもなくまた別の時に言うのも無理だ!)
柴野 由菜
柴野 由菜
あー、もうっ! 江川!
江川 弘桜
江川 弘桜
驚いたー。なに?
柴野 由菜
柴野 由菜
……友達に
江川 弘桜
江川 弘桜
え、なんて言った? 声が小さい
柴野 由菜
柴野 由菜
だから! ……友達に――
先生
おい、お前らそこで何やってんだー
江川 弘桜
江川 弘桜
あ、先生。すみません、どうしても寝付けなくてここにいたら、たまたま柴野さんと会ったんです
先生
柴野もか
柴野 由菜
柴野 由菜
人が周りにいると寝にくくて
先生
まぁ、気持ちはわかるが……ふわぁ〜。もう消灯時間は過ぎてるんだから、部屋にいなさい。今回は見逃してやるから、ちゃんと戻れよ
江川 弘桜
江川 弘桜
はい、失礼します。じゃあ、また明日ね柴野さん
柴野 由菜
柴野 由菜
あ、……う、うん




 私が恥ずかしくなっただけのこの数分間を消してしまいたい。

柴野 由菜
柴野 由菜
(もう絶対、私からは言わないからな)




 宿泊研修は、最初に思っていたほど悪くなかった。

 私とどこか似ていて、信用できそうな2人と仲を深められたから。







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