プリ小説

第8話

〈第二章〉2
桜沢千代
桜沢千代
…………
どうしよう、これって……。
もしかして、メンドくさがられてるんだろうか……。
そう思うと、メーターが振り切れるぐらいに上がっていたテンションが、急激にしぼんでいくのを感じた。
名前を聞く前に保健室を出て行ったって先生が言ってたけど……やっぱりこういうのがメンドくさくて、言わなかったのかな……。
今聞いてもやっぱり、教えてはくれないんだろうか……。
桜沢千代
桜沢千代
───すみません、あの……
思い切って声をかけると、彼は視線を上げて目だけで私の顔を見た。
ドキドキと弾む胸を押さえながら、ためらいがちに口を開く。
桜沢千代
桜沢千代
名前……教えてもらってもいいですか?
彼
え?
桜沢千代
桜沢千代
あ、私は…っ、美術科2年の、桜沢 千代って言います!
すると彼は、少しびっくりしたような表情になった。
その後しばらく沈黙が流れる。
最初からダメ元だったけど、やっぱりダメだったか……と、内心がっくりと肩を落とした、その時。
くすのせ はる
くすのせ はる
───普通科2年。くすのせ はる
ボソッ、と。
ホントにすごくすごく小さな声で彼がつぶやいたので、私は弾かれたように顔を上げた。
桜沢千代
桜沢千代
くすのせ、はる……くん?
コクリ、と彼は無言でうなずく。
さっきの何とも読み取りにくい表情を見て、もしかしたら教えてもらえないんじゃないかと思っていただけに、彼の口からちゃんと名前を聞けたことで沈みかけていた気持ちが再びグンと上昇した。
(くすのせ はる。……はる、くん。はるくんかぁ……)
そっか、同い年なんだ……。
嬉しくて、心の中で何度も何度も彼の名をつぶやく。
(……あれ。……でも)
そこで私は、ふとある疑問に行き当たった。
そういえばさっきも不思議に思ったけど……何故彼は赤のネクタイをしてるんだろう?
普通科の2年だって自分でも言ったから、普通科の生徒で間違いないんだろうけど……。
でも入学式の日は芸術コースの校舎にいたし、ちゃんとブルーのネクタイだってしてた。
なのに……なんで?
桜沢千代
桜沢千代
あの……
聞いていいものか一瞬迷ったけど、モヤモヤしたまま別れてしまうのは嫌だったので、私は意を決して口を開いた。
桜沢千代
桜沢千代
私を助けてくれた時、芸術コースの生徒……でしたよね?
───次の瞬間。
夕暮れの中でもはっきりと、彼の顔が硬く強張るのがわかった。
それが怖いぐらいに険しい顔で、私は気圧されて口をつぐんでしまった。
これは聞いちゃいけないことだったんだって、瞬時に悟ったけど。
時すでに遅し……だった。
くすのせ はる
くすのせ はる
───関係ねーだろ
短くそう言ったかと思うと、彼はグルッと体を反転させてスタスタと門に向かって歩き始めてしまった。
身動きすらできず、私は呆然と彼の後ろ姿を見つめる。
その背中は、もう話しかけるな、と言っているようで、完全に私を拒んでいて。
私は何も言葉を発せず、その場にたたずんで黙ってその背中を見送るしかなかった。

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角川ビーンズ文庫
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【角川ビーンズ文庫は、毎月1日発売!】 角川ビーンズ文庫は2001年に創刊、今年で17周年を迎える小説文庫レーベルです。異世界ファンタジー、学園小説、恋愛、ミステリなど、ジャンルにとらわれることなく、ティーンからの女子向けエンタテイメント小説を刊行しています。
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