翌日の放課後、普通科へ向かうべくスケッチブックを手に意気揚々と席を立った私を、芽衣と佐々木は不思議そうな目で見上げた。
ギョッとしたように、二人は同時に大声を出した。
芽衣の問いに頷いた次の瞬間、佐々木の表情がムッとしたように険しくなり、眼鏡の奥の瞳が鋭く細められた。
普段は穏やかな佐々木にキツイ口調で言われて、私は一瞬うっと怯んでしまう。
このままでは長くなりそうだと感じた私は、申し訳なく思いながらもサッと踵を返した。
追いかけてくる佐々木の声を振り切って、私は教室を飛び出した。
普通科の校舎へ向かいながら、私はさっきの佐々木の険しい顔を思い返していた。
佐々木はいわゆる眼鏡男子で、そのせいって訳ではないけど頭が良くて真面目な性格。
その佐々木の目にはきっと、私が『運命の王子様』に会いたさのみで普通科に行くように映ってしまったんだろう。
まあ……こればっかりはしっかりいい絵を描いて、浮ついた気持ちなんかじゃなかったんだってことを示すしか方法はないのかもしれない。
(第二会議室って、ここか……)
晴くんに指定された教室に辿り着いた私は、息を詰めてじっと目の前のドアを見つめた。
自分の教室だと目立つので、普段あまり使われていないここがいい、と言われたのだ。
ドキドキしながらドアに手を掛ける。
ゆっくりと引き戸を開けると、まず最初に風に揺れるカーテンが目に飛び込んできた。
そして次に、こちらをけだるげに振り返る晴くんの姿。
目が合い、心臓が大きく跳ね上がる。
うわずった声であいさつをすると、晴君はうん、と言って持っていたスマホを脇に置いた。
ガチガチに緊張しながら、私は晴くんが座っていた席の向かい側へと移動する。
そうしてスケッチブックを胸に抱きしめながら、私は深く彼に向かって頭を下げた。
丁寧な口調でそう言うと、晴くんはもう一度うん、とだけ答えた。
とりあえず楽な姿勢で、と言うと、晴くんは頰杖をつきぼんやりと窓の外に目を向けた。
震える指に力を込めて、ギュッと強く鉛筆を握る。
そうして緊張しながらスケッチを始めたのだけど……。
(……う。……沈黙が……重い……)
10分ほど経つと、しーんとした空気がだんだんと息苦しくなってきた。
元々私は、会話を楽しみながら描く方がはかどるタイプで、こうやって黙々と描くのはかえって落ち着かない。
何より少しぐらいは会話しないと……晴くんのこと、何にもわからないままだ。
思い切って口を開くと、晴くんはゆっくりとした動作で顔だけをこちらに向けた。
何とか話題をひねり出すと、晴くんは静かに首を横に振った。
再び、沈黙。
……何となくわかってはいたけど。
晴くんはあんまり……自分から喋るタイプじゃないっぽいな……。
(ど、どうしよう……。なんか他に、気の利いた話題……)
スケッチブックに目を落としながらもんもんと考え込んでいた私は、突然彼に話しかけられてビクッと顔を上げた。
いつの間にか晴くんは体ごとこちらを向いていて、じっと私の顔を見つめていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。