プリ小説

第16話

〈第三章〉6
言い淀んでいても仕方がないと思い、私は一気に吐き出すようにそう言った。
私の言葉を聞いた晴くんは、一瞬ポカンとしたような顔になった。
───そう、これが。
私が一晩考え抜いて出した答え。
晴くんに、絵のモデルになってもらうこと。
今までみたいに記憶の中の彼を描くんじゃなくて、晴くん本人にもしモデルを頼めたなら。
晴くんとの繫がりもできるし、もっと晴くんのこと知ることができるかもしれない。
そう考えると、昨日まで綾城祭の絵の構想なんてまるで浮かんでこなかったのに、みるみる作画意欲が湧いてきて。
普段はそんなに行動力のない私でも、普通科まで足を踏み入れる勇気が自然に出たのだった。
楠瀬 晴
楠瀬 晴
……は? ……モデル?
しばらくして、困惑したように晴くんがそう言った。
私はコクリと頷く。
桜沢千代
桜沢千代
うん。……美術科では綾城祭で一人一作品必ず展示しなきゃいけなくて……
楠瀬 晴
楠瀬 晴
…………
桜沢千代
桜沢千代
その絵のモデルを、あなたに頼めたらなぁ…って
じっと射抜くような彼の視線に少しおびえて、声がだんだんと小さくなってゆく。
そのまま尻すぼみになって言葉を止めると、晴くんは静かに口を開いた。
楠瀬 晴
楠瀬 晴
話、終わり?
桜沢千代
桜沢千代
え?
楠瀬 晴
楠瀬 晴
絵のモデルになってっていうのが、あんたの話?
桜沢千代
桜沢千代
……そう、です
小さく頷いた私を見て晴くんは一度目を閉じ、ふっと一つ息を吐いた。
直後目を開けたかと思うと、彼の体は既に校舎へと戻るドアの方へと反転していた。
楠瀬 晴
楠瀬 晴
───悪いけど
とりつくしまもない、という言葉のお手本のように短くそれだけ言い、晴くんはサッとドアへ向かって歩き始めてしまった。
予想はしてたけど、それをはるかに超えるあっさり具合だった。
ギョッとした私はとっさに晴くんの前に立ちはだかる。
桜沢千代
桜沢千代
ま、待ってよ! ちょっとぐらい考えてくれても……
楠瀬 晴
楠瀬 晴
考えたって同じだよ。モデルなんてやりたくない
桜沢千代
桜沢千代
どうして……!?
すると晴くんは険しい顔で私を見下ろした。
楠瀬 晴
楠瀬 晴
どうして? その質問自体、おかしいだろ
桜沢千代
桜沢千代
…………
楠瀬 晴
楠瀬 晴
あんたの絵のモデルになって、俺に何のメリットがある訳?
(……メリット……)
至極ごもっともな彼の言葉に、私は二の句が継げなくなる。
言われてみれば……確かにそうだよね。
私にとっては、一石二鳥だ! なんて喜んでたけど、晴くんからしてみれば何のメリットもない。
それどころか、モデル料を貰う訳でもないのに時間をとられて、ハッキリ言ってメリットどころかむしろデメリットだと言われても仕方がない。
(でも……ここであきらめたら、きっともう接点なんて完全に無くなっちゃうよ……)
スカートの横で、私はギュッと両拳を握りしめる。
今日もう一度会えて、改めて強く思ったのに。
やっぱり私、この人のこともっと知りたい……。
運命ってものを、信じてみたい……って。
桜沢千代
桜沢千代
───お願いします!
どうしてもこのまま終わりにはしたくなくて、気が付くと私はガバッと腰を折って深く深く頭を下げていた。
桜沢千代
桜沢千代
どうしても……どうしても、あなたをモデルに絵を描きたいの!
楠瀬 晴
楠瀬 晴
…………
桜沢千代
桜沢千代
今年の絵のテーマ、全然決まらなくて、すごく迷ってて……。そんな時に晴くんと再会して。引いちゃうかもしれないけど、助けてくれた人の手、忘れたくなくて、ずっとスケッチしてたの。……だからせっかくなら手だけじゃなくて、全体を描いてみたいなぁ……って。そう思ったら、ちょっと下がってたモチベーションも上がってきて、意欲も湧いてきて……。だからどうしても、あなたにモデルを引き受けてほしかったの
そこで私はゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐに晴くんの瞳を見つめた。
決して浮ついた気持ちじゃなく、あなたの絵を描きたいと本気で思っていることだけはちゃんと伝えたいと思った。
桜沢千代
桜沢千代
全部あなたの都合に合わせるから……。ちゃんと毎回、こっちまで通うから。……何か条件があれば、できる限りそれを飲むから
楠瀬 晴
楠瀬 晴
…………
桜沢千代
桜沢千代
だから……だから、お願いします。……モデル、引き受けてもらえませんか
最後は涙のにじんだ震え声になってしまって、言い終わった後で私は強く下唇を嚙んだ。
それでも目をそらさずに、私は晴くんの瞳を真っ直ぐに見つめ続けた。
少しでも下を向くと涙が零れそうで、それはすごくズルいと思ったから。
さっきのかたくなな態度を見て、多分もう引き受けてはもらえないんだろうな…って、薄々感じていたのだけど。
ほんの一瞬、彼の焦げ茶色の瞳が揺れたような気がした。
楠瀬 晴
楠瀬 晴
…………
晴くんはさっきみたいに瞬殺で断るようなことはなく。
目線を下げて、少し考え込むような表情になった。
それから長い長い沈黙が続き──…。
私達の影も少し長くなったように感じた、その時。
ずっと固まったように動かなかった晴くんが、ようやく顔を上げた。
久しぶりに目が合ったような錯覚に襲われて、ドキッと大きく胸が弾む。
ど……どんな答えが返ってくるんだろう……。
ホントに全く、見当がつかないよ……。
楠瀬 晴
楠瀬 晴
───条件
不意に晴くんが口を開いたので、私はビクッと体を揺らせた。
桜沢千代
桜沢千代
え。……え?
楠瀬 晴
楠瀬 晴
条件、飲むっつったよな
晴くんの言葉に、私はハッとする。
さっき私が言ったことだと気付き、私は夢中でコクコクと頷いた。
桜沢千代
桜沢千代
う、うん……!
楠瀬 晴
楠瀬 晴
じゃあ……
ゆっくりと晴くんが口を開くのを、私は息を止めて見つめた。
楠瀬 晴
楠瀬 晴
1日30分だけなら
桜沢千代
桜沢千代
…………
一瞬意味がわからなくて、私はキョトンと晴くんの顔を見上げる。

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