プリ小説

第5話

〈第一章〉3
次に目を覚ました時、私は保健室のベッドの上にいた。
どうやってここまで来たのかわからなくて、その場にいた保健の先生に尋ねたところ、同じ1年の男子生徒が私を抱えてここまで運んできてくれたらしい。
それを聞いて室内をぐるっと見渡したけど、もう既にその生徒の姿は何処にもなかった。
先生が名前を聞く前に、サッと部屋を出て行ってしまったそうだ。
それから念のため、熱と脈を測ってもらって異常なしと言われた私は、重い足取りで保健室を出た。
教室に戻ってから、正直私は担任の話も上の空で、まだ少しクラクラする頭を押さえながらさっきの彼のことを何とか思い出そうとしていた。
(顔は見えなかったんだよなー…)
ヤバい、と思ってから意識がなくなるまでのほんの一瞬、私の視界に映ったもの。
それは、真新しいブルーのネクタイと。
私の手首をとっさにつかんでくれた、彼の手だった。
それから保健室までの記憶はぷっつりと途切れてしまっている。
けれど彼の手だけは何故か鮮明に覚えていて。
思わず私は、配られたプリントの裏にそれを描き出していた。
(ちょっと骨ばってて……綺麗な指だった。左手だったから、もしかして左利きなのかな……。腕時計のベルトの色、ちょっと変わってたんだよね。薄いモスグリーンに、オレンジ色のラインが入ってて……)
絶対視覚とまではいかないけど、昔から一度見たものはわりと正確に覚えることができて、私は記憶の中の彼の手をサラサラとプリントの上にスケッチした。
描きながら、あれ、これけっこう特徴あるんじゃない? 案外すぐに見つけられるんじゃない? ……なんて、この時の私は気楽に考えていたんだけど。
その後、自分なりに一生懸命探してはみたものの、一向に彼を見つけることができないでいた。
あの時、打ちどころが悪ければどうなっていたかわからなかったと思ったら後からホントにゾッとしてしまって、どうしてもその人に会って直接お礼を言いたかった。
それからは、校舎内ですれ違う男子生徒の手を観察するのが癖になってしまって……。
さらには記憶の中にある彼の手を忘れてしまわないように、と、彼の手の絵を描き続けているうちに、周りにはすっかり『桜沢は手フェチ』というイメージが定着してしまった。
席が近くて仲良くなった芽衣と佐々木には事情を話したけれど、それ以降二人は面白半分で『王子様は見つかった?』『まーた王子様の手描いてる』などと言ってからかってくる。
それからこの一年ずっと探し続けたけれど結局その人を見つけることはできず、最近になって私は半ば探すことをあきらめ始めてしまっていた。
(ホントはもう知らないうちに、何回もすれ違ったりしてるのかもしれないなぁ……。左利きっていうのも憶測だし、時計だってたまたまその日一日だけ着けてきたやつかもしれないし……)
確かな情報は彼がブルーのネクタイをしていたということのみ。
つまり、芸術コースの生徒ということだけだ。
でも芸術コースとひとくちに言っても、色んな科があるんだよなぁ……。

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