でもだめなんだ、これは。
持っていちゃだめなんだよ、じんたん。
じんたんは顔だけ俺の方に向けて、ちらりとこちらを見た。
その目は熱を孕んでいて、俺の心を掴むには十分だった。
「あ、やっとこっち向いてくれたね」
必死に、動揺を悟られないように笑顔をつくる。
「テオくん…その…抱きしめ…ないの?」
震えた声でそう尋ねるじんたん。
胸が、締め付けられた。
「…!じんたん…」
頼むから、そんな目で俺を見つめないで。
これ以上、俺のことを…。
だめだ、相手のペースにのまれるな。
「へんな気、起きちゃったの?」
ヘラっと笑みを浮かべて、茶化すようにじんたんにそう言った。
じんたんは、顔を更に赤くして、俺から目を逸らす。
俺は、もう既に確信していた。
じんたんの気持ちも、自分の気持ちも。
「俺はじんたんが嫌がることはしないよ」
これは、本当のこと。
「ていうか俺たちさ、友達でしょ」
「…!」
それを言った瞬間、じんたんは傷ついたような顔をする。
「じんたんは友達だから、俺はそういう意味でじんたんのこと、抱きしめたりはしない」
嘘だ。
そんなこと、微塵も思っていないくせに。
でもこれは、お互いのために。
お互いが、幸せになるために。
この先、じんたんが心から幸せになりたいと、したい思える人にきっと出会うはずだから、俺がじんたんの幸せを、邪魔してはいけないのだ。
それは、俺にも言えること。
「だけどさ、」
だけど、だけど、
もしも、じんたんが心から幸せになりたいと思える相手が、俺だったら。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!