1時間目が終わった。
正直、私は授業に集中出来なかった。
少し広めのその背中を見てるだけで十分だった。
カッターシャツの中の背中は筋肉すごいんだよな、とか
結構染めてたはずなのに髪の毛サラサラだな、とか
関係ないことばっかり考えて時間が過ぎた。
長く学校を休んでたマユカは、授業について行くのが大変みたい。
それってさ、それって、2人っきり.............
放課後が一気に楽しみになった。
とは言っても、その時間が近づくにつれて怖くなってくるもので。
昼からの時間も全く集中できずに
放課後を迎えてしまった。
2人きりの教室。吹奏楽部の演奏がかすかに聞こえてくる教室。
マユカはこの間のリクみたいに
後ろを向いて、私の机を挟むように私と向かい合っている。
その至近距離で見る顔が、あの時を思い出すようで
どうしていいか分からなくって。
マユカは私の解説を真面目に聞いてる。
私の脳はほとんど働いてない。何も考えられない。
少し考えるために顔を上げたら、マユカの整った顔が至近距離にあって。
近っ...............
半ば強制的に終わらせたら、マユカも適当に頷いた。
バレた。
マユカに勉強教えるとか、どうやったら集中できるわけ??
マユカは頬杖をついて私をジロっと睨んだ。
そりゃするでしょ。
マユカは私なんかと話しても緊張しないだろうけど。
だから!!そういうとこ!!勘違いしちゃうから!!
マユカはそう言ってケラケラと笑った。
私が緊張してるこの気持ちをもてあそばれてる。そんなとこまでマユカらしい。
誤魔化して言う『やっぱりなんでもない』が喉まで出かかってたけど
あんなにリマちゃんに相談したし、悩みも晴れないし
その言葉を飲み込んで、心のままに言葉を発する。
その途端に目を逸らしたマユカ。
逃亡の予感.......!私はマユカの手をとっさに掴んだ。
逃げられないことを悟ったマユカは、今まで見た事ないくらい顔を赤くして
なにか呟いた。
え!?したかった!?したかったって何!?
脳内が『したかった』でゲシュタルト崩壊してる。
逃げ腰のマユカに追い打ちをかけて行くと、マユカはへらへらと笑いながら顔を背ける。
そっか......と頷きかけて、慌てて訂正。
なんか意味深なこと言ってるけど、結局私を惚れさせた理由になってないよね?
恥ずかしがって笑うマユカの火照ったほっぺを見てたら
それがごまかしを含んでることも見てとれた。
私は2週間で心の整理をつけたけど
マユカはまだ引きずってるみたい。
私だって、リマちゃんから話聞かなきゃずっと引きずってたと思う。
そう呟いて、私と目を合わせてきた。
目が合ってまた照れたように笑うマユカ。
わしも......初めて.........!?
やっぱりリマちゃんの言ってたことは合ってたんだ。
でも、昔あんなに彼氏とのスキンシップを拒んでたマユカが
なんで私なんかと。理解不能すぎる。
思考が混乱した中でマユカは、恐る恐るといった感じで
私に向かって呟いた。
は、はい.........!?!?それって。
そんなこと言われるなんて聞いてない。
全く聞いてない。
なぜこんな私と2回もしようとしてるのか、その理由が分からない。付き合ってもないのに。
こんどはノリと勢いじゃないんだよ......?
私は黙った。黙り続けようと思ったけど、無理だった。
マユカが私の頬に、優しく手を当ててきたから。
顔を引き寄せられそうになって、慌てて止める。
マユカは答えてくれなかった。
その代わりに、その端正で綺麗な顔がいやというほど近づいて。
私たちの間には机があるというのに
その机越しに、再び唇が触れてしまった。
取り返しのつかない行動。肌で感じるその緊張。
付き合ってもないただの友達に心を奪われて
閉め切られた教室の中で、こうして唇を交わすなんて
ただ事じゃないって思う。
生々しいその感触が私の心をとろけさせていく。
過去のマユカを思い出させるような肉食っぷりが格好よくて
深い所まで迫ってくるマユカを必死で受け止める。
その愛おしい人が何度も私に絡みついてくるのを感じては、それに夢中になってしまう。
離れたと思ったら、マユカはいつもと違う目で
思わず鳥肌が立つような美しい表情をしてて
私に向かって、そっけなく言い捨てた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!