第13話

#13
217
2019/10/03 15:13
月人
ここ。
さっきいた丘から少し歩いた所にあったのは、静かなもう一つの丘だった。

さっきいた丘よりも小さくて目立たないが、ある程度広いし、周りにある大木から零れる木漏れ日はとても温かくて、心を落ち着かせてくれた。
月人
爽籟そうらいは、ここにいる。
月人がそう言って手を置いたのは──────
木乃葉
墓‥‥‥
月人
何となく予想は付いてただろ?
静かな丘に、ひっそりとたたずんでいたのは「爽籟」という文字が刻まれた石だった。

その右隣には「藍羽」という文字が刻まれている石が、左隣には「黒鵜」という文字が刻まれている石がある。
月人
爽籟はここに眠ってる。
‥‥‥‥ねぇ、月人。
君は何故「死んだ」と言わないの?

認めたくない?死んでしまったことを、まだ信じられないの?

私の、思い違いかな?
木乃葉
私‥‥‥目的果たせなくなっちゃったね。
木乃葉
「爽籟という人を訪ねろ。」って言われても、これじゃあ無理だよね‥‥‥‥
木乃葉
これから、どうしよっか。
‥‥‥なんて、笑ってみるけど。

月人はずっと爽籟さんの墓を眺めていた。
手の届かないもっと遠くを見つめるような瞳で、眺めていた。
月人
‥‥‥ゆっくり、考えれば良いよ。
月人はやっと爽籟さんの墓から目を離して、私に笑いかける。
木乃葉
‥‥‥うん。
───────痛い。

月人の笑った顔を見て、私はそう思った。






























その日の夜、私はずっと考えていた。


“これからどうするべきか”、を。


帰る場所ふるさとと家族を亡くし、お父さんの願いであった「爽籟という人を訪ねる」ことも爽籟さんが死んでしまっていて果たせず‥‥‥

そんな私に、行く場所なんてあるのだろうか。

ここに長居をしてはいけないし、かといってそこらで野宿するわけにもいかない。


居場所が無い。
どこにも行けない。

どうしよう。これから、どうすれば‥‥‥
月人
眠れない?
ふと、隣から透き通った声が聞こえる。
月人
子守唄でも歌ってやろうか。
私の隣で横になっている月人は、にししといたずらっぽく笑う。

こんな時でさえ、月人はかっこ可愛い。

‥‥‥じゃなくて。
木乃葉
えー?月人に子守唄が歌えるのー?
私はにやりと笑って月人をいじる。


すると、月人は起き上がって、すぅ、と息を吸った。

‥‥今歌う────────



















───────その瞬間、鳥肌が立った。



足のつま先から、頭のてっぺんに向かってぶわっと風が吹いたように、鳥肌が立つ。




目を閉じて、柔らかな顔で子守唄を歌う月人。

結われた紐がほどかれた、長くて綺麗な黒髪は月人の綺麗な顔立ちによく似合う。


そんな月人の歌声は、言葉にならない程だった。

透き通った綺麗な声が、心に語りかけてくる。
楽器も何も使っていないはずなのに、音のひとつひとつがすとん、と体に入ってくる。
聞いていると何故だか心が寂しくて、哀しくて、でも温かいぬくもりを感じる。

優しい、優しい、子守唄。


それに、明るいけれど静かで落ち着いた曲調のこの子守唄‥‥どこかで聞いたことがあるような‥‥‥
月人
どうだ?俺だって子守唄は歌えるってこと分かっ‥‥‥
にやり、と笑う月人は、私の顔を見た瞬間目を見開いた。
月人
え‥‥ちょ、え?ど、どこか痛い?え‥‥待って‥‥?もしかして子守唄、気分悪かった‥‥?
月人は心配そうな顔をして、私の頬に触れる。
そこで、初めて気が付いた。

‥‥‥私、泣いてる。
木乃葉
ううん‥‥違う。でも、何か寂しくて‥‥哀しくて‥‥‥‥凄くあったかい。
私がそう言うと、月人は微笑んでから横になって目を閉じた。

そして、私の手を左手でぎゅっと握ってきた。
月人
今晩は片手だけ貸してやるから。おやすみ。
‥‥‥その言葉で、更に胸の奥がじんと熱くなる。



ある日突然、大切なものを全て失って、言葉で表せないくらい寂しくて、哀しかった。

今も、寂しくて哀しい。


‥‥‥けど。

私の手に温もりを感じる。
月人の体温が、伝わってくる。

優しい、優しい、月人の手だ。

あったかい。すごく、すごく。



あぁ‥‥‥何故だか涙が溢れてくる。


きっと、あったかい所為だね。

きっと、安心した所為だね。


今は、独りじゃない─────────。



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