さっきいた丘から少し歩いた所にあったのは、静かなもう一つの丘だった。
さっきいた丘よりも小さくて目立たないが、ある程度広いし、周りにある大木から零れる木漏れ日はとても温かくて、心を落ち着かせてくれた。
月人がそう言って手を置いたのは──────
静かな丘に、ひっそりと佇んでいたのは「爽籟」という文字が刻まれた石だった。
その右隣には「藍羽」という文字が刻まれている石が、左隣には「黒鵜」という文字が刻まれている石がある。
‥‥‥‥ねぇ、月人。
君は何故「死んだ」と言わないの?
認めたくない?死んでしまったことを、まだ信じられないの?
私の、思い違いかな?
‥‥‥なんて、笑ってみるけど。
月人はずっと爽籟さんの墓を眺めていた。
手の届かないもっと遠くを見つめるような瞳で、眺めていた。
月人はやっと爽籟さんの墓から目を離して、私に笑いかける。
───────痛い。
月人の笑った顔を見て、私はそう思った。
その日の夜、私はずっと考えていた。
“これからどうするべきか”、を。
帰る場所と家族を亡くし、お父さんの願いであった「爽籟という人を訪ねる」ことも爽籟さんが死んでしまっていて果たせず‥‥‥
そんな私に、行く場所なんてあるのだろうか。
ここに長居をしてはいけないし、かといってそこらで野宿するわけにもいかない。
居場所が無い。
どこにも行けない。
どうしよう。これから、どうすれば‥‥‥
ふと、隣から透き通った声が聞こえる。
私の隣で横になっている月人は、にししといたずらっぽく笑う。
こんな時でさえ、月人はかっこ可愛い。
‥‥‥じゃなくて。
私はにやりと笑って月人をいじる。
すると、月人は起き上がって、すぅ、と息を吸った。
‥‥今歌う────────
───────その瞬間、鳥肌が立った。
足のつま先から、頭のてっぺんに向かってぶわっと風が吹いたように、鳥肌が立つ。
目を閉じて、柔らかな顔で子守唄を歌う月人。
結われた紐がほどかれた、長くて綺麗な黒髪は月人の綺麗な顔立ちによく似合う。
そんな月人の歌声は、言葉にならない程だった。
透き通った綺麗な声が、心に語りかけてくる。
楽器も何も使っていないはずなのに、音のひとつひとつがすとん、と体に入ってくる。
聞いていると何故だか心が寂しくて、哀しくて、でも温かいぬくもりを感じる。
優しい、優しい、子守唄。
それに、明るいけれど静かで落ち着いた曲調のこの子守唄‥‥どこかで聞いたことがあるような‥‥‥
にやり、と笑う月人は、私の顔を見た瞬間目を見開いた。
月人は心配そうな顔をして、私の頬に触れる。
そこで、初めて気が付いた。
‥‥‥私、泣いてる。
私がそう言うと、月人は微笑んでから横になって目を閉じた。
そして、私の手を左手でぎゅっと握ってきた。
‥‥‥その言葉で、更に胸の奥がじんと熱くなる。
ある日突然、大切なものを全て失って、言葉で表せないくらい寂しくて、哀しかった。
今も、寂しくて哀しい。
‥‥‥けど。
私の手に温もりを感じる。
月人の体温が、伝わってくる。
優しい、優しい、月人の手だ。
あったかい。すごく、すごく。
あぁ‥‥‥何故だか涙が溢れてくる。
きっと、あったかい所為だね。
きっと、安心した所為だね。
今は、独りじゃない─────────。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。