第2話

#2
438
2019/09/29 15:32
─────────はぁはぁはぁ‥‥


走り続けている足の感覚が無くて変だ。喉が渇いて痛い。
吐きそうなくらい気持ち悪い。
木乃葉
っ‥‥‥
私は走った。
天下のお膝元と呼ばれるこの江戸の街を。


私は絶対に足を止めない。

まだ走っていないと壊れてしまうから。
まだ走っていないと崩れてしまうから。


私の十五の祝いに、江戸へ行くと家族で約束した。

なのに。それなのに。
こんな形で江戸に来たかった訳じゃないのに───────。
さっきからずっと、街で噂をよく聞く。

その内容は、走っている私に聞くことは不可能‥‥‥というよりは今は何も聞きたくなかった。
ただ、目的を果たす為に私は走らなければならない。
噂を聞く度に、「落城の守人」というワードが聞こえてくる。


───────いや、そんなことはどうでも良い。
木乃葉
お父さん‥‥お母さん‥‥‥カノ‥‥‥
私は、残されたこの命を抱えて走るのだ。





















随分と長く走った。もう暗い。夜だ。

恐らく、私が今いるこのもりは「ケガレの杜」と呼ばれる所だろう。

ケガレが多く住まう杜、それが「ケガレの杜」だ。
木乃葉
この奥にお父さんが言ってた場所が‥‥‥





─────────ガサッ





突如、背後から物音がした。








─────ケガレの杜、それはケガレが多く住まう杜。



ケガレは人を襲い、喰らう。



ケガレ
ひひっ、久しぶりの餌だ!
それは夜に現れ、人の言葉を喋り、人の形をした化け物。
木乃葉
ケガレ‥‥‥
あの時の悪夢が蘇る。


黒く、赤く、金属が錆びたような匂い。
それが壁に飛び散り、私のよく知る人を中心にそこら中へ広がってゆく。

そして、恐ろしい程の奇妙なアイツの声────。



足が震える。手が震える。動けない。叫びが声にならない。

逃げないと。この化け物から早く─────
ケガレ
大人しくしなっ!
ケガレは私一直線に飛び出した。
木乃葉
いや‥‥‥
まだ約束を果たしていない。だからまだ死ぬわけには‥‥‥
木乃葉
っ‥‥‥
私は走った。既にボロボロな足を叩いて、一刻も早く逃げられるように。

風をかき分け、必死に走る。

まだ夜は明けそうになく、ケガレは無我夢中で私を追いかける。







───────ふと、前を見ると鳥居があった。

鳥居の向こうには何段もの石の階段がある。


もしかしたら、隠れられる所があるかもしれない。



私は鳥居をくぐり、石階段を駆け上がる。
階段の段数を数えるという、妹とした遊びも今はできない。

ただ、逃げるのだ。





木乃葉
はぁはぁはぁ‥‥‥
必死の思いで石階段を駆け上がると、そこには古びたやしろがあった。
木乃葉
よし、ここに逃げ込めば‥‥‥‥







──────────グシャッ





突然、奇妙な音と共に、肩に激痛が走った。
ケガレ
やっと捕まえた‥‥‥
ケガレに食べられている・・・・・・・
木乃葉
あぁっ‥‥‥‥!!
体を倒され、ケガレが私の上に乗った。
そして、容赦なく私を喰らい始める。
木乃葉
う″ぁぁぁっ!!!
痛い。苦しい。辛い。



─────そうか。皆、こんなに痛かったんだね。


ごめんなさい。助けられなくて。
ごめんなさい。もう約束は果たせそうにないよ。



痛いという感覚が無くなり体が動かなくなった頃、一粒の涙が頬を伝った。







ごめんなさい。皆‥‥‥。










































────突然、ケガレの動きが止まった。








私は気になり、思うように開かない目を一生懸命開けた。



首が、落ちている。



そして、首を落とされたケガレの真後ろには、綺麗で長い黒髪を後ろで一つにまとめて、藤色の瞳を持った青年がいた。

青年の手には血の付いた刀が握られている。

‥‥‥ケガレは、この青年に首を落とされたのか?
木乃葉
あ‥‥う‥‥‥‥
話しかけたいのに、声が出ない。
  
相当やられたな、お前。
その青年の声は、驚くほど綺麗で、透き通っていた。
木乃葉
ありが‥‥とう‥‥‥‥
  
あー、喋るな喋るな。傷に障る。
青年はそう言って私を軽々しく抱き上げると、歩き出した。

すると、私はあることに気付く。


─────────杜が、ない。

さっきまで杜にいたのに。木も、草も、あの石階段も、鳥居も、社も何も無かった。


唯一見えたのは、壊れた家や店から雑草が生えている光景‥‥‥まるで、落城の地だった。


どうやってここまで来たのだろう。

そんなことを考える暇も無く、私は力尽きて青年の腕の中で意識を手放した。

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