道場の隅に座るお父さんが、リズミカルに手を叩く。
刀を持ち替えようと意識を手元に集中させたのが原因で、足がよろける。
お父さんは私の頭を撫でながらいつもの顔で笑った。
お父さんの言葉はいつも、私の原動力となる。
強くて、優しくて、温かい言葉だから。
お父さんは、本当に凄い人だ。
十五になった今でも、私はお父さんの優しく大きな手に頭を撫でられるのが大好きだ。
誰にも言えない、恥ずかしいことだけれど。
ふと、お父さんの周りの空気が変わった気がした。
お父さんが頷くと、二人しかいない道場に緊張感が走ったような感覚に襲われた。
大変な、こと‥‥‥。
お父さんが少し、怖いと思った。
お父さんはそう言うと、私に小指を差し出した。
お父さんの顔は、いつもの柔らかい表情に戻っている。
私もお父さんに小指を差し出して、お父さんの小指と私の小指を絡めた。
その後はいつも通りで、今日の舞の稽古は終わった。
そして今は、華乃葉が私の為に作ってくれた夕飯タイムだ。
そんな、いつも通りの会話が今日はずっとずっと楽しく思える。
き、黄色い物体‥‥‥?
今日はなんと素敵な誕生日なのだろう。
甘くて美味しいなんて‥‥‥楽しみだなぁ。
─────────きゃぁぁぁぁぁぁ!!!
突然、隣の家から悲鳴が聞こえた。
今は夜。熊でも出たのだろうか。
お父さんはそう言って立ち上がると、私と華乃葉の頭を順に撫でた。
それだけ言い残すと、お父さんは家から出て行った。
───────その時私は、少しだけ嫌な予感がした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!