第8話

#8
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2019/08/24 03:26
道場の隅に座るお父さんが、リズミカルに手を叩く。
はい、そこで刀を持ち替える。
木乃葉
持ち替え‥‥‥わっ!
刀を持ち替えようと意識を手元に集中させたのが原因で、足がよろける。
木乃葉
失敗したぁ‥‥‥
ははっ、大丈夫だ。十五でここまで踊れるのは凄いことだぞ!
お父さんは私の頭を撫でながらいつもの顔で笑った。
木乃葉
そうなの?
ああ。
鬼神の舞は、体力を山ほど使う。だから成人になってからじゃないと踊りきれないんだ。
だから、四分の一も止まらず踊れる木乃葉は凄いんだ!‥‥‥焦らなくて良い。ゆっくり、少しずつ練習を重ねて踊りきれるようになれ。
お父さんの言葉はいつも、私の原動力となる。
強くて、優しくて、温かい言葉だから。

お父さんは、本当に凄い人だ。
木乃葉
うん!
十五になった今でも、私はお父さんの優しく大きな手に頭を撫でられるのが大好きだ。

誰にも言えない、恥ずかしいことだけれど。
‥‥‥一つ、約束があるんだ。
ふと、お父さんの周りの空気が変わった気がした。
木乃葉
約束‥‥‥?
お父さんが頷くと、二人しかいない道場に緊張感が走ったような感覚に襲われた。
約束だ。これを破ったら、大変なことになるんだ。
大変な、こと‥‥‥。
鬼神の舞を、ケガレに見せるな。絶対だ。
お父さんが少し、怖いと思った。
見せて良いのは、自分を犠牲にしてまで守りたい大切な人を守る時だけだ。
その時がきたら、全力で踊れ。しかし、むやみに踊ってはならない。
これはお父さんのお父さん、そのまたお母さん‥‥‥つまり、昔からずっと約束されていることなんだ。
お父さんはそう言うと、私に小指を差し出した。
約束、な。
お父さんの顔は、いつもの柔らかい表情に戻っている。
木乃葉
‥‥‥うん!
私もお父さんに小指を差し出して、お父さんの小指と私の小指を絡めた。
指切りげんまん!
木乃葉
嘘吐いたら針千本のーます!
指きった!






















その後はいつも通りで、今日の舞の稽古は終わった。

そして今は、華乃葉が私の為に作ってくれた夕飯タイムだ。
木乃葉
なにこれ‥‥‥絶品の粋を越えてるよ!!
まぁウチの華乃葉は天才だからな!
華乃葉
大袈裟‥‥‥‥
そんな、いつも通りの会話が今日はずっとずっと楽しく思える。
華乃葉
お姉ちゃん、お誕生日おめでとう!街で買ってきた‥‥‥カステラ?っていうのがあるから、ご飯の後に食べよ!高いんだから味わってよね。
木乃葉
カステラ‥‥‥?
木乃葉、カステラって食べたこと無かったな。
木乃葉
うん。
まぁ、一言で言えば‥‥‥黄色い物体だ。
き、黄色い物体‥‥‥?
華乃葉
いやいや、確かに黄色いけど味とか食感を言おうよお父さん。
うーん、そうだなぁ‥‥‥甘くて美味しいお菓子だ!
木乃葉
甘くて‥‥‥美味しい‥‥‥‥!
今日はなんと素敵な誕生日なのだろう。
甘くて美味しいなんて‥‥‥楽しみだなぁ。
木乃葉
あっ、そうだ!あのね、二人に言いたいことが‥‥‥‥‥

─────────きゃぁぁぁぁぁぁ!!!


突然、隣の家から悲鳴が聞こえた。
華乃葉
な、何‥‥‥?
今は夜。熊でも出たのだろうか。
ちょっと見に行ってくるよ。
お父さんはそう言って立ち上がると、私と華乃葉の頭を順に撫でた。
念の為だ。どこかに隠れてなさい。
それだけ言い残すと、お父さんは家から出て行った。


───────その時私は、少しだけ嫌な予感がした。



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