第9話

#9
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2019/09/06 13:10
お父さんが家を出た後、私と華乃葉は隠れる場所を探していた。
木乃葉
隠れるって言われてもなぁ‥‥‥
華乃葉
押し入れとかすぐ見つかっちゃうよね‥‥‥
木乃葉
うーん‥‥‥


────────キャァァァァァァ!!

隣の家じゃない。前だ。前の家から悲鳴が聞こえる。


────────うわぁぁぁぁぁぁ!!

今度はまた違う所から。


華乃葉
な、何が起こってるの‥‥‥?
華乃葉の声と手は微かに震えていた。


‥‥‥この家で隠れられる場所は、恐らく三カ所。
押し入れと床下、そして井戸。

押し入れは私と華乃葉、どちらも余裕で入れる。
けれど見つかりやすい。
熊だったら匂いでバレるし、強盗だったら常識的に考えて見つかる。

床下は‥‥‥駄目かもしれない。
小さい時は隠れんぼでよく使っていたけれど、今となっては私はおろか華乃葉でさえも入れない程狭い。

井戸はどうだろう。
熊も強盗も井戸に入ろうとはしないだろうし、縄を使って入れば溺れる心配もない。今は夜だから縄も見えないだろうし‥‥‥
けれど、井戸に隠れられるのは一人だけだ。縄は一本しかないし、二人で一つの縄を使えば縄が切れる。

一番安全なのは井戸だ。
けれど、二人では隠れられない。
木乃葉
‥‥‥
私が考え込んでいると、華乃葉が私の顔を覗き込んだ。
華乃葉
どうしたの?
もし、この嫌な予感が的中したら。
もし、この家が襲われたら。

助かる確率が高いのは一人だけ。
華乃葉
汗が凄いけど‥‥‥大丈夫?おねーちゃん?
─────────そうだ。

私はお姉ちゃんだ。大好きな、大好きな、華乃葉のお姉ちゃんじゃないか。

ここで迷ってどうするんだ。
木乃葉
カノ。
私は、震える華乃葉の両手を握る。
華乃葉
な、何?
大丈夫。私は長女だ。お姉ちゃんだ。誰にも負けない。私は負けない。
木乃葉
カノは井戸に隠れて。私は押し入れに隠れる。だから‥‥‥
華乃葉
何で‥‥‥!?
華乃葉
お姉ちゃんも一緒に井戸で‥‥‥
華乃葉はそう言いかけて、口をつぐんだ。
口にして気付いたのだろう。‥‥‥二人では縄が切れてしまうことが。
華乃葉
‥‥‥
華乃葉は不満そうな、心配そうな顔をした。
‥‥‥本当、カノは優しいね。
木乃葉
大丈夫!私は長女だから何とかなるって!
私は笑って華乃葉の背中を叩いた。
華乃葉
長女とかそういう問題じゃ‥‥‥!
木乃葉
カノ。
私は華乃葉を抱き締める。
木乃葉
カノの久しぶりのままは凄い嬉しいよ。でも、今は駄目。ね?
抱き締めた華乃葉の手が、私の着物の袖をくしゃっと掴んだ。
華乃葉
‥‥‥うん。
その声に、少し胸が痛んだ。




















木乃葉
大丈夫ー?
私は、井戸に入った華乃葉に話しかける。
華乃葉
うん!大丈夫!
木乃葉
よし!もう大丈夫だなって私が判断したら迎えに来るから、それまで我慢!
華乃葉
りょーかい!
華乃葉の元気な声を聞いて、私は少し安心した。
木乃葉
今日は‥‥満月か。
私は夜空を見上げて、深い呼吸をしてから家に戻った。






















押し入れに隠れて数分後、家の入り口からガタッと扉の開く音がした。

少し体が強張る。

‥‥‥誰、だろうか。
  
木乃葉。
突然、名前を呼ばれた。
この声は‥‥‥お父さん?
  
お姉ちゃん。
この声は‥‥‥華乃葉?

井戸から出るなって言ったのに‥‥‥でもきっと、お父さんがもう大丈夫だって言ったんだよね。

外から悲鳴も聞こえなくなったし‥‥‥
木乃葉
二人とも無事で良かっ‥‥‥‥
私は押し入れから出た時、ある異変に気付いた。
木乃葉
お父さん‥‥?カノ‥‥?
二人の姿が、見えないのだ。
今のは幻聴?いや、そんな感じはしなかった。

それに、私の目の前にいる生き物‥‥‥‥
  
ヒヒッ!引っ掛かった引っ掛かった小娘くいものが一匹引っ掛かった引っ掛かった!
──────それは、お父さんでも華乃葉でも人でもなかった。

角が生え、尖った歯を持ち、猫のような縦長の瞳孔どうこうをした化け物。
ケガレ
ヒヒッ!しかも女だ子供だご馳走だ!
お父さんが教えてくれた。

角が生え、尖った歯を持ち、猫のような瞳孔をした化け物。
人々はそれを、ケガレと呼ぶのだと。

夜に現れて、人を襲い、喰らう。

違った。
熊でも強盗でもなかった。もっと最悪な化け物だった。


─────────皆は?

お父さんは?カノは?村の皆は?
何でさっきから周りが静かなの?
ケガレ
ヒヒッ!美味そう美味そう早く早く喰らおう喰らおう!
足が震える。体が動かない。上手く呼吸ができない。
‥‥‥怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!
ケガレ
ギャッ!
突然、ケガレが悲痛の声を上げた。
ケガレ
くそぉくそぉ‥‥‥お日様嫌い嫌い朝も昼も嫌い嫌い。
気が付けば、家の中に少し日が差していた。
‥‥‥夜明けだ。
ケガレ
女‥女‥‥子供‥子供‥‥‥喰らいたかった‥喰らいたかった‥‥‥チクショウ‥チクショウ‥‥‥
鬼は逃げていった。日陰のある、薄暗い森の中へ。
家を出て、一目散に逃げていった。
木乃葉
‥‥‥
あのケガレが来ていた着物には、血が沢山付いていた。
口にも、付いていた。
外は異様に静かだった。

だからだろうか。




‥‥‥‥心臓がやけに五月蝿い。



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