そのとき、大きな柱時計が低くも荘厳な音を奏でる。目をやると、時刻は午後三時だった。
彼の声に反応して、室内にいる十匹前後の犬達が一斉に動き、陽道寺のもとに集まる。大型犬から小型犬まで大きさも様々であるので、その光景は映画のワンシーンを彷彿させた。
陽道寺が、棚から大きな袋を取り出す。袋の絵柄を視認するに、それはドッグフードらしかった。
犬達が陽道寺の前に、横一列に並ぶ。
わん、と一匹の犬が鳴いて返事をした。
わん、とまた別の一匹が鳴いて返答する。
その光景を、アリスは脳内に疑問符を浮かべながら眺めた。
甘田は眉尻をさげて笑う。おおらかなのか、すでに現状を諦めているのか、アリスに判断することは難しい。
鮮やかな感性に、すでにアリスはついていくことが出来ていない。
ドックフードの袋を片腕にかかえたまま、陽道寺は犬達に新たな指示を出した。
横一列に並んだ犬達が、一斉におすわりをする。
またもこれまでと同様に、犬達が一斉に身を伏せた。
犬達が姿勢を戻す。
と、不意に陽道寺が片手で銃の形を作った。なにをするのかと思いきや、彼は銃口代わりの人差し指を、列の一番端に座る犬に向ける。
陽道寺の声と共に、端の犬がぱたりと倒れた。撃たれたつもりらしかった。
彼は一匹の犬を架空の銃で撃つだけでは飽き足らず、さらにその銃口を犬達へ順々に向けていく。
ずいぶんと激しい銃声であった。
発砲音と同時に指先を向けられた犬達が、従順にぱたぱたと倒れていく。
妙な光景だった。
犬達が一匹残らず倒れたのを確認すると、陽道寺は銃口を模した指先を口許に寄せて「ふっ」と息を吹く。銃口から漂う煙を吹き飛ばしているつもりなのかもしれない。
彼は満足げに告げた。
合格の言葉を合図に起き上がった犬達が走り出し、それぞれの器をくわえて陽道寺のもとへ戻っていく。
この事務所の犬達は余程きちんと躾けられているようで、彼の指示通りに並んで餌を待った。
全員に餌を配り、皆が食べている様を視認してから、陽道寺は「よし!」と満足そうに頷く。
そんな光景を、アリスはただ呆然と眺めることしか出来なかった。
目の前の光景を見てそれと納得できる人間が、一体どれだけいるだろうか。
アリスは陽道寺に視線を戻す。彼は、まるで生徒を見る教師のように、はたまた子供を見る親のような眼差しで犬達を見守っていた。
怒り狂った十四人の女性に囲まれる甘田を想像して、アリスはなんとも言えない気持ちになる。
敢えてコメントは避け、アリスは露月に話題を転じた。
言って、甘田と露月は軽く笑い合う。
この事務所に来てまだ三十分と経っていないが、早くもアリスは不安になっていた。いくら住み込み可能でまかないまで出るとはいえ、本当にこんな場所で働いて大丈夫なのだろうか。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!