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第1話

8.
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2023/06/02 14:00




昼前、そろそろ家を出ようとした時だった


スマホがブーブー、と振動する


電話が来ることなんて珍しい


というか、ない


液晶画面には「北斗くん」の文字


出るか迷った末


通話ボタンを押していた



「もしもし」

___北斗「こんにちは、松村です」

「なに?急用?」



電話をかけるほどの用事など


思い当たるものはなかった


でも、いつも唐突なのが彼だ



___北斗「声、聞きたくて。ごめんなさい、急に」



電話越しのその声と、言葉


ぶわっ、と何かが溢れる感覚がして


慌てて気のせいだと言い聞かせた


嬉しいなんて思ってない


あっちはただの気まぐれだ


沈黙の長さが不自然になる前に


わかりやすく笑って誤魔化した



「なにそれ、恋人じゃないんだから、」



聞こえてくる笑い声に


なんだか、すごく幸せだった


恋人じゃない。


恋人になんてなれないけど


まるで、恋人同士のような空気感に


少し、いや、だいぶ頬が緩んでいた


ドレッサーの鏡に写った自分の顔が


あまりにも間抜けで


ブンブン、と頭を振る



「ごめんね、私これからお仕事だから」

___北斗「はい、ありがとうございました」

「今日は礼儀正しいんだね」

___北斗「いつもです」

「それはどうかな、」



そんなボケすら懐かしくて


口角はもうゆるゆるのまま


笑って突っ込んでおいた



「じゃあ、また」

___北斗「うん、バイバイ」



また。と言う言葉に


否定はないまま


可愛い返事の後に通話が終わった


なにこれ。


付き合いたてのカップルみたいじゃん


期待しちゃうじゃん


たった数分の電話に


ありえないくらい満たされて


自分の顔を両手で覆う


ありえない、ありえないけど


もし、期待をしていいなら


そう考えるだけで、もうダメだった


バカみたいに舞い上がって


意味ないとわかっていても


いい歳して


恋する女子高校生のように


体温の上がる体を


パタパタと手で仰いだ








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