前の話
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昼前、そろそろ家を出ようとした時だった
スマホがブーブー、と振動する
電話が来ることなんて珍しい
というか、ない
液晶画面には「北斗くん」の文字
出るか迷った末
通話ボタンを押していた
「もしもし」
___北斗「こんにちは、松村です」
「なに?急用?」
電話をかけるほどの用事など
思い当たるものはなかった
でも、いつも唐突なのが彼だ
___北斗「声、聞きたくて。ごめんなさい、急に」
電話越しのその声と、言葉
ぶわっ、と何かが溢れる感覚がして
慌てて気のせいだと言い聞かせた
嬉しいなんて思ってない
あっちはただの気まぐれだ
沈黙の長さが不自然になる前に
わかりやすく笑って誤魔化した
「なにそれ、恋人じゃないんだから、」
聞こえてくる笑い声に
なんだか、すごく幸せだった
恋人じゃない。
恋人になんてなれないけど
まるで、恋人同士のような空気感に
少し、いや、だいぶ頬が緩んでいた
ドレッサーの鏡に写った自分の顔が
あまりにも間抜けで
ブンブン、と頭を振る
「ごめんね、私これからお仕事だから」
___北斗「はい、ありがとうございました」
「今日は礼儀正しいんだね」
___北斗「いつもです」
「それはどうかな、」
そんなボケすら懐かしくて
口角はもうゆるゆるのまま
笑って突っ込んでおいた
「じゃあ、また」
___北斗「うん、バイバイ」
また。と言う言葉に
否定はないまま
可愛い返事の後に通話が終わった
なにこれ。
付き合いたてのカップルみたいじゃん
期待しちゃうじゃん
たった数分の電話に
ありえないくらい満たされて
自分の顔を両手で覆う
ありえない、ありえないけど
もし、期待をしていいなら
そう考えるだけで、もうダメだった
バカみたいに舞い上がって
意味ないとわかっていても
いい歳して
恋する女子高校生のように
体温の上がる体を
パタパタと手で仰いだ
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。