私はその日の夜、海に行ってみることにした。
もしかしたら、彼女がいるかも。
いつもの日常が少し違って見えるかも。
なぜか私はワクワクしていた。
晩御飯を食べ終わり、荷物を持つ。
荷物って言ったって、ケータイと
帰れなくなったとき用に菓子パンだけだけど。
自転車を漕いで、暗闇を走る。
道が凸凹しているから気をつけないと。
潮のいい匂いがする。
きっと、そろそろ海なんだろう。
私は自転車を学校に停め、歩いて向かった。
まさかいるわけないよね。
私は街灯の方に目をやる。
点滅している街灯の下に、誰かいた。
その子は、いつも夢に出てくるあの子だった。
私は走ってその子のところへ向かう。
顔中傷だらけの女の子がそこにいた。
彼女はきょとんとした顔で私を見つめた。
そんなこと言ったってわかんないよな。
私は一部始終を説明することにした。
桃葉、と名乗った子は親指をあげてウインクした。
片目が隠れてるから
ウインクしてるのかどうかわかんないけど。
桃葉はお腹が空いたと言っていたのでので、
持ってきていた菓子パンをあげた。
一生懸命食べる姿は、
死ぬ直前だったようには見えない。
私は気になっていたことを打ち明けることにした。
桃葉が言ったことをまとめると、
家族に虐待され、学校でもいじめられ、
何度も水死しようと思ったが、できなかったらしい。
その言葉が思いもしないで口から出てしまった。
桃葉はびっくりしたような顔で私を見つめた。
私は浜辺から立ち上がり、潮風を浴びた。
また暗闇だ。
ってことは夢か。
私は後ろを振り返る。
案の定、桃葉の後ろ姿があった。
桃葉は振り返る。
目をギュッと瞑り笑う姿は、苦しそうだった。
あの子は鳥のように飛び降りた。
涙が頬の輪郭をなぞって伝う。
現在時刻は5:30。
私は昨日の海に行くことにした。
自転車を必死に漕ぐ。
あの街灯が見えてきた。
そこに、桃葉はいなかった。
そのかわり、桃葉の上着が遠くの海に浮遊していた。
私は久しぶりに、声を上げて泣いた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。