この屋敷は、大公によると
"パーティー用の別邸" らしい。
そのため、まるでお城のホールのように
広々とした大広間が拵えられているのだった。
天井は見上げるほど高く、
ホール中にオーケストラの奏でる音楽が響き渡る。
料理のいい匂いと貴族の高貴な香りが混ざって
非日常的な空間に心が踊った。
無数の目がこちらを好奇的に見ているが、
そんなことなど全く気にならなかった。
ひとつは、隣にユンギ様が居るから。
もうひとつは、それ以上にこの場が興味深いから。
ほとんど記憶に残っていない幼い頃の思い出が
ちらほらと頭の中で蘇って切なかった。
広間の中央まで来た時、
後ろから親しげにユンギ様を呼ぶ声がした。
ユンギ様は静かに振り返ると、
優しげな笑みを浮かべて握手を交わす。
"ハン先生" と呼ばれたその男性は、
白い髭を伸ばした有識そうな老人だった。
ハン先生に向かってお辞儀をすると、
彼は気立てのいい声で朗らかに笑う。
なるほど、だから「先生」と呼ばれているのか。
ハン先生はきっと博士号を持っているに違いない。
ちらりとユンギ様の方を伺っても、
彼は特に訝しげな顔をしていなかった。
それなら信用できるだろう。
私自身もこの涙について知りたいので、
笑顔で「ぜひ」と頷いた。
ハン先生は満足気に笑ったあと、
ユンギ様の肩を叩いて
今度は別の人のところへ向かった。
考えてみれば、ハン先生は
ユンギ様からしたら赤子同然の年齢かもしれない。
あまりにも平然と過ごしているから
一瞬本当に忘れてしまうけれど。
ユンギ様は一体いくつなのだろう……
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!