あの子が5歳になった春、兄さんがメアリーさんとあなたを連れてこの家に遊びに来たのよ。
あんなに小さい赤ん坊だったあなたは、すっかり大きく元気に育っていて、最初はとてもとても愛おしかったの。
私の息子もあなたをすっごく可愛がっていたから、渋々憎悪を隠しながら3人を招き入れたんだけど。
メアリーさんと兄さんが目の前でベタベタとするもんだから、私頭に来ちゃって。
人の気も知らないでイチャついて……貴方達の頭はどこまでお花畑なのかしら?ってね。
でも、2人に当たれる筈なんてないじゃない?だからあなたに当たることにしたの。
今思えば悪魔のような発想でしょう?でも、その時の私はそんな事も考えられないくらいに2人に対しての憎悪で心が満ちていたのよ。
息子と庭で遊んでいたあなたちゃんを、私は勢いよく突き飛ばしたの。何も悪いことなんてしていないあの子を。
私は心に溜め込んでいた本音を、罪もない彼女にぶつけながら黒い長髪を引っ張っては何度も何度も殴りつけてやったの。
あの子はとても痛がって泣いていたけど、私はとてもすっきりしたわ。
泣きじゃくるのを止めたあなたは、溢れている涙と鼻水をすすり拭いながら小さく返事した。
泣き喚いていたあなたの声が家の中まで聞こえたのだろう、血相を変えたメアリーさんと兄さんが裸足で玄関を飛び出してきたのだ。
口論になった兄さん家族とは、それ以来一度も会うことはなく最期の日を迎えたのよ。
ちょうど昼の12時を回った頃だったわ。一本の電話が入ってね、出たら静岡県警だと言うから何だと思ったら………。
正直耳を疑ったし、なんで今日までずっと意地張って会いに行こうとしなかったんだろうって後悔したわ。
葬式は、2人の住んでいた静岡の方で行われた。葬式会場には、すすり泣きながら静かに正座するあの子の姿があった。
“あなたさえいなければこんな事にはならなかったのに”
行き場のなくなった憎しみが、あなたの方へと牙を向いたのはその時からだったわね。
メアリーさんのご両親も来ているというのにも関わらず、葬式会場のど真ん中で私は何度もあなたを殴って蹴っては「お前なんて産まれなければ……!」って叫んでた。
………本当、私ったら馬鹿だったわ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!