一通り目を通したのであろう侑李が、真剣な眼差しで俺へと手紙を渡してきた。
慌てて彼から手紙を受け取った俺は、思わず中身を確認した。そこには『ずっと待っていたのよ。早くchellyに会いに来て頂戴 by.クロネコ様』とだけ書かれていた。
切手を貼っていない所を見ると、きっと店のボーイにでもあの家へ届けるよう命じたのだろう。
クロネコという新しい名前を手に入れ、chellyの頂点どころか、もはや六本木の頂点にまで立ち昇る彼女はきっと今調子に乗っている所に違いない。
世界的にも有名なアスリートだったり、芸能人なんかはイメージを気にしては「いや自分なんて……」と謙遜しながらペコペコ頭を下げるのだろう。
が、彼女のような人間だと同じ状況に立った時どうも調子に乗りやすい生き物のようだった。
とぼけた顔でそう俺は答えた。
まだ早い、まだ言うべきではないと自分へ言い訳を述べながら。こいつに話す前にアイツへ会いに行かないと………。
そのクロネコが、お前がずっと探し求めていたあなただと言うことを侑李はまだ気付いていない。
だからと言って、俺は絶対に口が裂けてもそんな事打ち明けられないが。そもそもアイツはもう侑李の知っている“あなた”じゃないんだから。
困惑する表情を見せる彼に、俺は「頼む」と顔の前で両手を合わせると渋々侑李は「分かったよ」と了承してくれた。
まさかこいつに釘を打たれてしまうとは1ミリも思っていなかったため、動揺が隠せなかった。
が、「あ、ああ」と目を開きながら何度も頷き、ヤツの前を歩き出した。
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侑李と別れた俺は、早速アイツの待つ六本木へと向かうため電車に揺られた。
ちょうど帰宅ラッシュだったようで、車内はかなり人で混んでいたため、人の波に押し潰され「うう……」と唸りながら目的地を目指した。
あの高級キャバクラ店・chelly。
その前に立ち尽くす俺は、周りのセレブだがどこか小汚いオッサンらに紛れながらも、不釣り合いな格好のまま店内へと足を運んだ。
入り口には、入店する客を一人一人監視するように目を凝らしながら対応する見覚えのある男の姿があった。
……確か、あれは支配人の八乙女光。
慌てて店内にいる「圭人」というスタッフの名前を呼び付けた彼は、真ん中の大きく広々とした(明らかに特別席と言った感じの)席へ手を伸ばし、「あちらでお待ちください」と頭を下げた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!