いつか、全てを侑李に話さなければならない時が来ると思うと、どうも心が落ち着かない。
そもそもそういう感情が芽生え出したのは、あの時―――侑李の母さんから全てを伺った時からだった。
今、隣で叔母の話に怒りを覚えながら耳を傾けるこいつは、きっと知らない。
俺が……俺が―――。
叔母さんの隣に佇む彼女は、きっと俺が脳内で創り出した幻覚に過ぎない。
だって……全てがあの頃と同じだから。
寂しそうな美しい瞳、何度も“好き”と俺に口付けたその唇。
その笑顔も、その仕草も………全部――――。
でも……ずっともう一度会いたいと願っていた俺が出会えたのは、彼女という幻覚でしかない。
侑李や叔母さんにバレないよう、俺は涙を一筋こぼした。
儚く笑った彼女は、俺の側まで駆け寄ると
そう言って頬に軽くキスをした。
きっとそれは、現実のお前も昔の通り何も変わっていない。という事なんだろうな。
隣で唇を震わす侑李を横目に、俺はある決心をした。
全てを侑李に打ち明ける前に、彼女の元へ。
もう一度………。
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バス停へと向かっていた俺らの足を呼び止めたのは、あの婆さんだった。
おぼつかない足で精一杯駆け寄ってきては、「こっ、これを……」と真っ黒な一通の手紙を侑李に差し出した。
婆さんの言葉を耳にして、俺はぎょっと目を見開き、咥えていたタバコを思わず地面へと落としてしまった。
………おいおい、どうなっているんだ。
これがリアルで言う“神様の悪戯”というやつなのか。
真っ黒な封を留めていたのであろうシールには、赤い薔薇とサクランボのマークが描かれていた。
サクランボをマークに使用する組織なんて言えば、どう考えても“あの店”しか考えられない。
ああ、なんだそういう事なのか。
そして、俺の事だからきっとこの町に来てはこの婆さんに行き着くだろうと考えての計算だったのだろう。
………なぁそうだろ?“黒猫”サン。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!