第10話
9
壱子は手を伸ばして横に垂らした
伸ばした腕を見つめる
乾いた冷えピタが
ペロと半分だけめくれた
下の階から子どもたちの
声が聞こえてくる
ドタバタと床が蹴られる音は
壱子にとって日常である
小さくて早くていっぱいの中に、
大きくてゆっくり
階段を登る音がする
バンと壱子の部屋のドアが開けられた
子どもたちは一斉に
ドカドカと一階へ走って行った
冷えピタはぽたりと
布団の上に落ちている
藍は吹き出したように笑ったので
壱子はぷすんとした
藍はおかゆを机に置いた
藍はベッドに腰を掛け
壱子の額に自分のおでこをあてた
壱子の周りの気温だけが急に上がる
藍は新しい冷えピタを壱子に貼ると
頭を軽く撫でた
立ち上がろうとしたその手を
壱子は掴んだ
大和の言葉が
何度も頭で繰り返された
ーーキスしとった男だ
まるで壱子自身が目撃したかのように
子供たちの足音すら聞こえなくなった
藍は壱子の方を向かなかった
壱子は今、
自分の心臓の位置を正確に把握できた
こんなに鼓動が鳴ることすら知らなかったのに