__まったく、いまいましい坂だ。
僕はハンカチで首筋の汗を拭った。
急勾配なうえに、まるで敵意でもあるかみたいに山から顔を出した朝日が真正面から照りつけてくる。
なぜ、人は坂の上なんかに学校を作りたがるんだろう。そんな疑問が、荒い息の間から湧き上がる。
ここは、長崎の佐世保。国内有数の坂の街。港町ってのは、どうしてどこも坂だからけなんだ。
これまで住んでいた横須賀も坂の多い街だったが、幸い学校は平地にあったから、こんな苦労はせずに済んだ。
ただでさえ行きたくない場所へ向かうのに、今日から毎朝、息を切らしてこの坂を上がらなければならないなんて……考えただけでゾッとする。
ほかの生徒たちは、昨夜観たテレビ番組や、難しかった数学の宿題のことなど、楽しそうに談笑しながら坂を上っていく。
くそ。いつものように、一番上まできっちりボタンを留めた学生服の襟が、やけに窮屈だ。
やがて、坂の先にこれから通う佐世保東高校が見えてきた。
・
2年生の教室は、鉄筋の本校舎ではなく木造校舎のほうで、教室の生徒はだいたい男女半々の割合だった。
「えー、知念くんは家庭の事情で、はるばる横須賀から転入してきました。みんな、仲良う頼むばい」
「はーい」
担任教師の隣りで俯きがちに立っていると、クラス中から好奇の目が集中する。
誰とも会話を交わさないまま、昼休みになった。
「院長の甥っ子?」
突然、視界に弁当箱が2箱入ってきた。
顔を上げると、くりくりとした童顔の男の子とすごく顔の整った男の子が、ひとつの椅子に2人で腰掛けていた。
「坊ちゃんだろ?お前」
「俺は有岡大貴!よろしくな」
聞き慣れない、独特な方言の抑揚……ではなく、普通の聞き慣れた抑揚で訛りはなかった。
「てか山田!ここ、俺の席!」
「うるせえ」
返事をしようか戸惑っていると、有岡大貴さんは喋り出した。
「俺達も東京から来ててさ〜。…あ。今日は休みだけど、花咲あなたって子がこのクラスの総務委員な」
総務委員…学級委員のようなもので、女子の委員はその花咲さんで、男子の委員は有岡大貴くんみたいだ。
「あ、知念って呼んでいい?俺のことは好きなように呼んでくれて大丈夫」
「じゃ、じゃあ……大ちゃんで」
消え入りそうな声で言ったが、有岡大貴…もとい大ちゃんはしっかりと聞き取ってくれていた。
「おう! 山田もなんか言えよー」
「…あ、今日さ、放課後空いてる?カフェ行かね?」
「おおー!俺行く!」
「お前は嫌だっつっても来るだろーが。 で?知念は来る?」
「えっと……う、うん…」
そう言うと大ちゃんと山田くんは顔を明るくさせた。
「じゃ。山田の弁当もーらい!」
「あーどうぞ。梅干しばっかだかんな」
「いらん」
じゃあ食うな。と言った山田くんの頬は緩んでいて、2人の間には親密な空気が流れていた。
「…山田くんと大ちゃんって、幼なじみ?」
「その呼び方なんかやだわ。涼介で」
「あ、うん…」
「物心ついた時からだもんなー。あなたとも」
「あなたとならいいけど、大ちゃんとってのもなんかな…」
「どういうことだよ!山田!」
「耳元で叫ぶな!もう一個イス持ってこいよ」
「だから俺の席!!!」
「あーもうはいはい。…なんであなた休みかな〜」
さっきからあなたというフレーズが飛び交っていて、それくらいあなたさんは2人にとって大事な存在なんだろう。
大ちゃんと涼介のやり取りを微笑ましく聞きながら、弁当を食べた
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。