「……一ノ瀬くん?」
教室に入ると一ノ瀬くんがいた。
……こんな時間に、普通ならみんな帰ってるのに。
「あ、あなたちゃん〜」
一ノ瀬くんは何かを書いていたが、
その手を止め私の方を見てきた。
……学級日誌か。
……ってあれ?
「今週の週番って……」
「そうそう、あなたちゃん。だけど机の上に置いてあったから忘れてるのかなって思って書いちゃってた」
はいっ、と学級日誌を渡してくる一ノ瀬くん。
「俺って字が下手だから、まああなたちゃんが書いたとは思われないかもだけど…余計なお世話だったらごめんね!」
……一ノ瀬くんって本当にいい人なんだな。
「ありがとう」とお礼を言い、
学級日誌を受け取る。
受け取った瞬間、
一ノ瀬くんは私のことをじっと見てきた。
「あなたちゃん何かあった…?」
「……えっ」
なんで…。
そんなに私は落ち込んでますオーラ出てた…?
「もしかして、神城先輩のこと?」
一ノ瀬くんって、
私と翔先輩が付き合ってること知ってたんだ…。
前、翔先輩が私を迎えに来た時。
その時に知ったのかな…?
「俺でよければ……相談のるよっ」
一ノ瀬くんがニコッとほほ笑む。
「一ノ瀬くんって…本当にいい人だよね」
思わず口走ってしまいハッとする。
一ノ瀬くんはちょっと困ったような笑顔をした。
「俺は優しくないし、最低男だよ?」
……最低男、ではないと思う。
普通なら人の学級日誌を書いてあげるために
学校に残らない。
それに、由真は嫌いな人とは一緒にいない。
由真に好かれるくらいだから、
だいぶいい人なんだと思う…。
「…一ノ瀬くんは、昨日の問題を諦めないで解いてるところで一生懸命な人だって思ったし、普通なら人の学級日誌なんて学校残ってまで書いてあげようとは思わないよっ」
「だから…最低男ではないと思う!」
思ってることを一ノ瀬くんに伝えると、
一ノ瀬くんは驚いたような顔をしてた。
「そんなこと言われたの…あなたちゃんが始めてだなぁ」
……みんなから言われてそうなのに。
一ノ瀬くんはみんなから人気があるから、
もっと褒められてるかと思ってた。
「……困ったな…」
一ノ瀬くんは腕で口元を隠し、
少し斜め下を向いた。
ちょっと耳が赤い。
……もしかして、照れてる?
少し経つと一ノ瀬くんは表情を戻し、
自分の荷物を持った。
「あなたちゃん、話したいことはあるけど、なんか怖いオーラ感じるから、俺は先に帰るねっ」
「なんか怖いオーラ…?」
一ノ瀬くんがちらっと見る方にみえたシルエット。
……もしかして。
「……翔先輩」
一ノ瀬くんは、
「あーあ…俺、彼氏持ちは興味なかったはずなのになっ」
とか何とか呟きながら帰ってしまった。
一ノ瀬くんが教室から出ていくと、
今度は翔先輩が教室に入ってきた。
今、できれば会いたくない人だったから、
思わず体が逃げ腰になってしまう。
翔先輩のオーラは、
いつもより真っ黒なものだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。