「宵野家に預けましょう」
そう言われて俺が向かわされたのは、北にある山の方面。そこには『色違い』と呼ばれる人達を預かる家がある。
外はもう真っ暗。腕時計を見ればもう夜の十時に近かった。午後に家を出たのは失敗だったな…。
家は公爵、侯爵に次ぐ伯爵家の地位だった。歩く事をしなかった訳ではないが、長距離の移動は大体馬車や馬だったから、中々に疲れた。親の勝手な事情で預けられるのだから馬くらい手配してくれたっていいのにと思う。
いや、驕りだ。こんな所に、俺は来たのだから。
自らの意思も固まりきらないままここに。
『政府管轄 ヨイノ公爵家』
そう書かれた玄関のプレートの前で、俺は立ち尽くす。
…首筋にうっすらとかいた汗で張り付く長い髪が不快だ。親の象徴だと伸ばされ続けた、長い金髪。
閑話休題。
色違いとよばれる俺達のような人達を預かる家である。何故か色違いは男だけなので、今代の当主が女だと知れた途端、色欲の館と呼ばれるようになった。
それに政府管轄…あまり、いい話は聞かない。
噂によると、政府管轄になるのは国にとって不都合な事実を隠蔽するためだとかなんとか。
噂ではあるけれど、なんだか怪しい動きがあると言われていた家が政府管轄になったと聞いた時、やはり本当かもしれないと思った。
さて、問題がある。夜に着いてしまったから、屋敷に入れない。帰れもしないし、詰んだ。
カコン、カコン、カコン…
そんな事を考えていると、今来た道をヒールブーツで歩いてくる音が聞こえてきた。
自分が言えたクチではないけれど。
なんかすごい暢気な声に話しかけられた。
私の家ってことは、もしかしてヨイノ公爵か。
いや、もしかしなくてもヨイノ公爵だな。帽子のつばに家紋が入れられている。
上に多弁の花、そこから落ちる一つの花弁と雫。
…本当に女主人だったんだな。
そう伝えた途端、慌てだして肩から斜めにさげていた鞄からアワアワと書類と沢山取り出した。その拍子に帽子が落ちた。
政府の改造された軍服と、帽子。有能であるという証の帽子が落ちたいにも関わらず、彼女は気にしなかった。
政府の制服は、出世すると支給される。最初は襟のピンバッチ、そして次に制服、その次が帽子、さらにその次が家紋入りの帽子らしい。
まだ小さいように見受けられるが、もう家紋入りの帽子を持っているのか。
女性の制服は、軍服を模したトップスと、タイトスカート。だが彼女はタイトスカートではなく、ヒダのついた幅の広いズボンのようなものを履いていた。
随分と慌ただしいが、家紋入りの帽子を持ってるくらいだから、かなり優秀なはず…。
脇に書類を抱え、身体全体で扉を押し開けた。
中に入れば、そこはまるで異世界なんじゃないかと思ってしまうような玄関ホール。綺麗な床には大きな魔方陣が…いや、満月の光を浴びたステンドグラスの影が落ちていた。
そう言って彼女は屋敷の奥に駆けていった。
それにしても、随分と強烈な印象を受ける人だな。こんな夜中に帰ってきて、自分の家の鍵もかけておかないとは。政府管轄で公爵家だろう。防犯とかはしっかりしておくべきなんじゃ…。
まだ書類の束を持っていたのを不思議に思ってちょっと間の抜けた返事になった。
.
.
.
部屋の鍵を渡され、中を開けて見てみると…
中は自然の雰囲気が落ち着く広い部屋だった。
木材で作られた家具が大半で、窓辺には小さな観葉植物が飾ってあった。
真顔かつ穏やかな声音でなんて事言ってくれるんだ…!
ドサッと紙を渡され、申し訳なさそうな顔でおやすみなさいと言って帰っていった…が、まさか玄関まで吹き抜けのバルコニーから飛び降りるなんて思ってもいなかった。
鈍い音が聞こえたけれど、その後に「やっぱりいった~い」という声とカコンカコンという足音が聞こえたから大丈夫だろう。
…なんで無事なんだろう。ここ三階なんだけど。
そんな時に、ふと気が付いた。
先が思いやられる。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!