サッと顔色を変えて「忘れて下さい」と言ったのが不思議でならない。確かに名字で呼ぶ事の方が多いだろうけど、そこまで重要な事なんだろうか。
ガラッと最初のハイテンションに変わって部屋にきたヨイノ公爵は、昨日と同じ軍服を着て、また同じように鞄を肩から提げ、左腰に短めの剣を挿して現れた。
そんな事より。
俺は、この女のような名前が好きになれない。
どうやら色以外の見た目は随分と母親に似たようだった。お陰で細身、柔らかいストレートの髪、それを伸ばしているのだから女装でもすればかなりの確率で女と見間違えられるのではと自分でも思う。案の定ヨイノも
と言った。しかしその後
と、うっとり顔で言われた。
声について言われたのは初めてだった。
確かに褒められるなんて事は滅多になかったけど…。うっかり動揺してしまった。家の付き合いで会う人は大人の男ばかりだったからな…。
まず、あまり女性に免疫がないようだ。いくら自分より少し年下の子でも…。
い~え~、と言った後、この屋敷について話し始めた。何か一つ話す度に話が脱線して「おっと、閑話休題ですね」というため無駄に長かったのでまとめると…
・食事は皆で ・外出の際は誰かに必ず言っておく事 ・自分の部屋では好きにしていいが、片付けはちゃんとする事(しないと強制的にされるそう) ・平和と安全(と安定)第一
鞄から出して手渡されたのは綺麗なエメラルドついた耳飾りだった。エメラルドは中に傷がついている事が多いが、これは傷は殆ど見当たらず、中には美しさの一つとされる気泡が入っていた。
お気に入り…この目と声だけなんだろうが…
声に出てたか!?
顔真っ赤だな。早口過ぎて何か聞き間違えたようだな。うん。
一瞬、目が合った。
あれ…?なんか瞳に…惹き付けられる…。
改めて明るい所で見ると、結構な美少女だな。色白の肌に、毛先にいくにつれてだんだん色が濃くなる水色の髪、それを後ろで高く結い上げていて。綺麗な黄色をした飴のような大きな瞳をしていて…。
そんな事をぼんやりと思いながら、いつの間にか自分の右手がヨイノの頬をすう…と撫でていた。
パァン!
突然大きな音がして目が覚めた。
咄嗟にそう答えたが、何か起こったのか全然解かっていなかった。
涙目になりながら…途中ポロッと涙を零しながら、小さな美少女は説明してくれた。
涙…と言っていいのならば。
その目から溢れて溢れたのは宝石だった。床に落ちて、パリンと割れて、消えた。
魅了の魔眼に、宝石の涙か…。
まあ、稀に聞く。魔眼はそれ程でもないけれど、宝石の涙はとても珍しい。
下衆な輩にコレクターがいると聞く。
目を合わせないように気をつけながらもう一度ヨイノを見る。魅了されていなくても、結構な美少女である。
そんな小さな美少女は、少し濡れた目元をレースのハンカチで拭った。
えっ、てっきり二つくらいは年下だと。
どんだけ部屋散らかってるんだよ。発掘作業しなきゃいけないくらいって…。
閑話休題
人に頼まないといけないくらいなのか…。
心の声に応えるように、「だけは」を強調した少年らしい声が割り込んできた。
そう言って夕ご飯が乗っているお盆を片手に、手を差し出した。
慌ただしいな、本当に。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。